映画『シベールの日曜日』原作
『ヴィル・ダヴレーの日曜日』覚え書き

鷺澤伸介
(初稿 2013.11.9)
(最終改訂 2014.1.22)

★以下の覚え書きは、ベルナール・エシャスリオー(1924-2010)の小説『ヴィル・ダヴレーの日曜日』(グラセ社刊)のネタバレを含んでいます。これからこの小説を読んでみようと思う方や、映画『シベールの日曜日』をご覧になったことがない方は、結末を完全に明かしてしまっていますので、ご注意ください。

『ヴィル・ダヴレーの日曜日』を読んで

『シベールの日曜日』のブルーレイが発売された(2013.7.26)と聞いて、「そういえばこの映画、ちゃんと原作があるにもかかわらず、そちらの方はまったく話題にならないな」「1958年出版で邦訳もないらしい。ということは十年留保の範囲内だから、次はそれを翻訳してみようか」と思い立って、Amazonフランスで『ヴィル・ダヴレーの日曜日』の中古本を取り寄せて読んでみることにしました。
この小説は、fnac等で電子本が買えるようで、そちらの方がずっと安価なのですが、なにしろフランス語ですから、私程度のフランス語の知識では、頻繁に書き込みしながらでないととても読み進められません。通読の補助のため、せめて英訳本でもないかと思っていろいろ探してみたのですが、原語以外の本を見つけることはついにできませんでした。そういう次第で、映画以外に参考にできる資料もないまま、この夏からちびちびと訳しながら読み進め、先日最後までたどり着くことができました。
『ヴィル・ダヴレーの日曜日』は、ジャンルとしては暗黒小説のようですから、救いのないストーリーであることは覚悟していたのですが、ラストの手前まではそれほどでもなく、映画の設定が暗黒小説の側にシフトしたといった程度で、むしろ映画の雰囲気を文字で追体験できるような叙情的な内容だと感じられました。
しかし、ラストはあまりにも救いがなさ過ぎました。なにしろ、素直に読めば、
「ピエールは、殺人衝動をもたらす幻覚症を病む、少女殺人犯であった」
としか考えられないのです。誰も救われません。いや、強いて挙げれば、映画のベルナールに当たる、ピエールの昔のギャング仲間であるジュアンだけは例外と言えるかもしれません。登場人物中彼だけがピエールの異常性を信じており、また彼は最後に保身のためにピエールを射殺するのですが、それが結果的にはシベールの命を救うことになったので、この物語の中ではジュアンだけが「一人勝ち」を収めたと言うことはできるでしょう(ジュアン自身は、シベールはすでにピエールに殺されたのだと思っています)。しかし、映画のベルナールを肯定する観客などいないであろうことと同様に、冷酷なジュアンに対しても読者はまずシンパシーは感じられないと思います。それなのに、結果的にはそういう男の判断の方が正しくて、いつもおどおどしている哀れな記憶喪失の主人公の方は、実は殺されても仕方のない危険な異常者だった、という結末は、どうにもやるせない暗澹たる読後感を残します。
今回は、翻訳を発表するのはひとまず保留して、代わりに簡単な考察を掲載することにしました。それは、「仮訳はできているものの、すっきりしない箇所がまだ残っている」というのが第一の理由で、「結末に少しめげていて、今は再読する気力がない」というのが第二の理由です(笑)。

『ヴィル・ダヴレーの日曜日』登場人物

○ピエール・デュシュマン……ヴィル・ダヴレーにある倉庫の上の家屋で娼婦のマドと同棲している28歳の大柄な青年。実はピエールは偽名。以前はピーターという名でギャング団にいたが、トゥーロンで、忍び込んだ建物の屋根から墜落して頭蓋骨折し、穿頭手術の結果、重度の記憶喪失となる。北欧神話の英雄のような美形だが、記憶をなくす前から接する相手に奇妙な印象をもたらす不思議な雰囲気の持ち主だったそうで、ギャング仲間はモーリス以外みんな彼を警戒していたという。記憶をなくしてからはマドに生活の面倒を見てもらっていて、彼女が仕事に行っている間は散歩をするか画家の家に行くくらいしかやることがない。
――ピエールについては後述するが、映画での彼の描かれ方は、かなり原作に近いことが分かった。何もかも忘れてしまったところから回復している途上ゆえ、現在の彼は、とても以前ギャング団にいたとは思えないほど弱々しく、ぼんやりしているかびくびくと及び腰でいるかのどちらかのような印象がある。
○シベール・アナリキノス……映画とほぼ同じ事情で両親と祖母に見放された10歳の少女。未婚の母親が娘の面倒を見てもらうための寄宿制学校「聖マルグリット修道女学院」に預けられ、そこではフランソワーズという名で通っている。ピエールには本名を隠し、18歳になって彼と結婚したらそのときに教えると言っていた。しかし、クリスマスにプレゼントが用意できなかったため、本名を書いた紙を小さな箱に入れたものを彼へのクリスマス・プレゼントにした。彼女の本名が読者に判明するのは、やっと最終ページに至って、寄宿学校からの通報で彼女を保護しに来た憲兵隊員の会話による。
――彼女の映画での印象も、かなり原作に近い。原作では、彼女の父親は、彼女を寄宿学校に送った帰り道、ひき逃げに遭って死亡してしまう。その唯一の目撃者であったピエールは、彼のレインコートからシベールの祖母の手紙が入った財布を抜き取り、死体の方はフォッス・ルポズの森にこっそり運んで埋めてしまった。父親になりすまして彼女に会いに行くためであった。
○マド……ピエールを愛し、同棲して、彼の面倒を見ている娼婦。ピエールが記憶をなくす前は相手にされなかったらしいが、事故の後は念願叶って彼の恋人兼保護者となっている。ピエールが記憶を取り戻したら自分から去って行くのではないかと恐れていて、彼の過去については嘘を吹き込んでいた。
――ピエールがシベールの父親の遺体を埋めたことは、その夜のうちにマドに問い詰められてばれてしまい、そのときから彼女はひどい心労の種を抱え込むことになる。さらに、ピエールは、シベールとのことはマドに隠し通していたが、次第に彼女に疑われるに至った。また、縁日のミニカー遊びの場面では、映画と違って顔が腫れるほど執拗にピエールに殴られた。最後は、ピエールとともにジュアンに殺されてしまう(彼女を殺す理由をジュアンははっきり言わないが、ピエールだけを殺したのでは、彼女に復讐されるおそれがあるためだろう)。このように、彼女は映画のマドレーヌよりもさらに気の毒な女性となっている。
○画家……ヴィル・ダヴレーの「ロアジス(オアシス)」という名の館に住む有名な老芸術家。名前は出てこない。6年前にマドをモデルにして絵を描いたことがあった。ピエールを一目見て気に入り、モデルにしたりデッサンを教えたりしている。
○画家の妻……映画と違って、ピエールにもマドにも好意的な優しい老婦人。
○シスター・マドレーヌ……映画のシスター・マリアに当たる。シベールに優しい、若い修道女。シベールの母親に似ているという。映画と同じく、縁日での一件の後シベールがふさぎ込んだとき、ピエールに見舞いに来るよう勧めに来た。
――「マドレーヌ」という名の女性は、原作と映画では違う人物なので注意。ピエールの恋人の名は、原作ではマド、映画ではマドレーヌである。この若いシスターの名は、原作ではマドレーヌ、映画ではマリアであった。
○聖マルグリット修道女学院院長……厳格な老修道女。シベールの母親がまったく連絡をよこさず、(偽の)父親のピエールばかりが彼女の世話をしていることに腹を立てている。本来、聖マルグリットは未婚の母とその娘のための学校だからである。なお、物語は10月の第一日曜からクリスマス・イヴまでの3ヶ月間の出来事を描くが、その間の学費は、何かあったときの用心にマドがピエールに渡していた現金から、彼が支払った。
○ジェルメーヌ……マドの年上の友人。マドがピエールに出逢った3周年記念日に、彼女、マド、ピエール、リュシアン、フランソワーズ(シベールではなくリュシアンのガールフレンドの方)の5人で食事に行き、その帰りに寄った縁日でピエールが暴れた。
○リュシアン……マドの年下の従兄弟。やや軽薄な若者で、どうやら自宅は自動車修理工場を営んでいる模様。上の食事会の日のドライバーを務めたが、その自動車は父親に内緒で勝手に持ち出した、客のクライスラーだった。
○フランソワーズ……シベールの普段の名前と同じ名前の、リュシアンのガールフレンド。
○モーリス……昔のピエールのギャング仲間のリーダー。ピエールの貴族的な面に強く惹かれ、彼の面倒を見るようになったらしい。そのため、ピエールが記憶をなくした後も彼とマドの味方でいたが、癌を病んで余命幾ばくもなくなっている。
○レイモン・ガルサン……昔のピエールのギャング仲間。マドとは十代の頃に付き合っていた。おそらくそのために、マドに対しては今でも好意的。
○ボルドレ……今のジュアンのギャング仲間。通り名のみで、本名は出てこない。レイモンと仲が良いようだが、ジュアンがリーダーなので彼に従っている。
○ジュアン……昔のピエールのギャング仲間。通り名はジタン。モーリスが癌に倒れた後、グループのリーダーとなっている。冷酷な男で、かつてトゥーロンで発生した少女殺人事件の犯人はピエールだと確信している。もともとピエールのことは嫌いだったそうで、記憶を取り戻しつつあるピエールがまた少女殺人を犯して逮捕されたりしたら、自分たちのことを警察に話しかねないと考え、最後にピエールとマドを殺害する。
○ジョジア夫人……セーヴルにある「グリシンの館」の主人。ピエールに優しい、かなり太った老婦人。マドとピエールは、ヴィル・ダヴレーに来る直前、その家に下宿していたが、商店から遠くて不便なためにそこを離れたという。ピエールは、シベールとのクリスマス・イヴをそこで二人きりで過ごす(夫人は彼に部屋を快く貸してやり、自分はパリへディナーに行き、帰りは翌々日になる予定だった)。彼がシベールにプレゼントした赤い手袋は、ジョジア夫人が5年前に死んだ甥のために作ったものであった。

映画との比較

映画の場面の多くは、原作にすでに含まれていました。
映画にあって原作にない場面で目立ったところでは、次のようなものがあります。
×冒頭の戦闘機(ピエールの過去が違うのだから当然)
×鳥かごその他についてのピエールと画家カルロスの会話
×馬に乗った男(馬上の男は監督で、ちゃっかり出演している)
×縁日での占い
×マドレーヌがピエールとシベールの逢瀬をこっそり見張る
×教会(原作には風見鶏の話題はないので、教会は一度も出てこない)
その他、以下のような違いもあります。
○原作のピエールとシベールは、映画より2歳ずつ若い。
○原作のピエールは、めまいではなく頭痛に時々苦しめられている。
○原作では、ピエールはナイフを画家の家から盗んだ。
○原作では、シベールが縁日の会場にたまたま居合わせたのは、日曜日に親が迎えに来なかった子をシスターが散歩に連れ出すという、寄宿学校の新しい決まりのため。映画にはその説明がないので、「なぜシベールがこんな所に?」という感じだった。
○原作には「真夜中のミサ」という語が2回出てくる。クリスマスの「真夜中のミサ」にピエールと一緒に行くことが、シベールの夢の一つだった。映画にシャルパンティエの同名の曲が使われたのは、原作のこの設定によったらしい。
○原作では、ピエールは最後までシベールの本当の名前を知らずに死んだ。
有名な映画のラストは、小説でも同じです。次の引用は、小説の最後の2行です。
「名前なんかない! そんなもの、もうないわ! 私はもう誰でもないの!」

ピエールの秘密

原作の設定は映画とかなり違っているものの、ストーリーの骨格はものすごくかけ離れているわけではありません。原作どおりに映像化された場面や、映画とほぼ同じセリフもけっこうありますし、「孤独な少女と過去を忘れた哀れな男が心を通い合わせるが、男は危険人物と見なされて最後に殺されてしまう」という物語の枢軸は同じですから、小説で映画の雰囲気を追体験することはある程度までは可能です。また、映画との設定の違いや、原作だけに出てくる謎などは新鮮で興味深くもあり、終盤まではけっこう楽しく読み進んでいたのです。
それが、最後の方になって、にわかに暗雲が立ちこめました。ピエールは、以前はピーターという名で、仲間と忍び込んだ建物の屋根から落ちて記憶をなくしました。その事故よりも前、トゥーロンにいた当時、彼はどうやらシベールに似た少女と何らかの関係を持っていたようです。このことは5章でのシベールとの長い会話の中で知られてから、それきり詳細は語られずに物語は進行していくので、当然最後の方でそれが明らかにされるのだろうと思って読んでいきました。ところが、全17章中の16章に至って、ピエールはやけにあっけなくジュアンに殺されてしまうのです。その先の分量はたった10ページしかありません。結局、トゥーロンでピエールとその見知らぬ少女との間に何があったのかは、最後まで語られずに終わってしまいます。そうなると、読者はそれまで出てきた材料から分かることを組み合わせて判断するしかなくなります。その結果が、上に書いたようなピエールの恐るべき過去と本性だったというわけです。
どうやらピエールは、トゥーロンにいた頃に、どこかの少女を毒牙に掛けていたようです。もしかするとその数は二人。これは、上記のように完全にそうであったとはっきり書かれているわけではありません。例えば、ピエールが少女を殺す場面や、あるいはピエールの記憶が戻って少女を殺したことを思い出すといったような場面は、物語中には出てきません。しかし、小説の中に散りばめられているいくつかの材料を突き合わせてみると、そう考えるのが最も妥当であるように書かれているのです。
○5章で、父親と偽ってシベールを最初に家に連れて来たときに、「以前別の場所で会ったことがあるよね?」としつこく彼女に尋ねたこと。
「何もかもだよ。前にあったこと。自分が誰なのか。何をしていたのか。もう覚えていなかった。自分の名前さえ思い出せなかった」
少女は呆気にとられて、彼を穴があくほど見つめた。
「本当に、なんて身の上なの!」彼女は、一呼吸してから口に出した……。「だけど、忘れちゃったことは、教わって覚え直したのね?」
ピエールは一瞬苦笑した。
「ほんの少しだけさ……。ほとんど何も」
「まあ!」
彼は負け犬の目で彼女の方を見上げて、締めくくった。
「そういうわけで、僕は君にあんなに質問したんだよ。先週の日曜日、駅で、僕は君と前に会ったことがあるような気がしたんだ……別のどこかで。それで、僕は考えた。『彼女がきっと思い出させてくれる……最後には、僕は自分を取り戻すだろう』ってね」
「そうだったの、分かったわ」
彼女は申し訳なさそうに付け加えた。
「でも、それはあなたの思い違い。ほかの誰かよ」
彼は、思わず自分の苦悩を見せてしまったことへの後悔が突然こみ上げて、声色を変えて軽やかに言った。
「何でもないんだ。もうこの話はやめよう……。いずれにしても、僕は君を知りたかったし、君のことは気に入ったよ」
彼は赤面し、目を伏せた。
「君と知り合えてすごくうれしいよ……」
「おお! 私もよ、ムッシュー」彼女は、彼がびっくりするような勢いで返答した。
沈黙があった。それから、掛け時計を一目見た後、彼女は心配そうにつぶやいた。
「五時四十分。まだ来ない」
「うん、変だね……。おお! パパは来るよ」(★このときピエールはシベールに対し、父親の使いだと嘘をついていた)
「ならいいけど」
少し後で、彼女は無聊な両手を背後に回し、落ち着きなく尋ねた。
「あなた、結婚はしてる?」
「ええと……いや」
「まあ! そんな気はしてたけど……」
彼女は暖炉の上に置かれた銀のブレスレットを凝視した。
「でも、あなたは女の人の家に住んでるのね?」
「うん」
彼女は、厳しい目つきの年配の婦人が映った写真を指し示した。それはマドの母親だった。
「あれがその人?」
彼は、理由もなく嘘をつき、同意した。
「私のおばあさんと同じ目をしているわ」ため息をついて、少女は認めた。
彼女は部屋を見回して、それぞれの品物に関心があるように装いながら、視察を続けた。彼女が壁にピンで留められた郵便ハガキの面前で動きを止めたとき、彼は期待ではっとした。
「それが何か分かるかい?」
言いよどんだ後、彼女は答えた。
「ええ。トゥーロン」
マドの言うところを信じるなら、彼はヴィル・ダヴレーに来る前はナントを一度も離れたことがなかったという。しかし、彼は胸を高鳴らせつつ立ち上がった。
「僕らが会ったのは、そこじゃなかった?」
「まあ! 違うわ、あり得ない」
「どうして?」
「私、トゥーロンには行ったことがないもの」
彼は面食らって座り直し、口ごもりながら言った。
「なら、それがトゥーロンだってどうして分かったんだい?」
彼女はやや困惑した微笑を浮かべ、ハガキの端に人差し指を置いた。
「ここに書いてあるわ」
「ああ!」
――そもそも、彼がシベールに興味を抱いたのは、以前会ったことがあるような気がしたからであった。彼女にそれを尋ねることで、彼は失われた記憶を取り戻そうとしたのだが、シベールはトゥーロンには行ったことがなかった。このピエールの断片的な記憶から、彼がかつてトゥーロンで、シベールに似た少女と関係していたことが分かる。
○10章と12章のピエールの夢と空想の場面で、いずれもシベールの胸にはナイフが突き刺さっていて、それをピエールは恍惚として見ていたこと。以下は10章からの引用。例の縁日騒動の、おそらく3日後。
「あそこに戻らなければ」彼は思った。
(★ここから夢)「ええ、そうしましょう」マドとジェルメーヌが耳打ちした。
彼女たちは彼が立ち上がるのを手伝い、それからクライスラーの運転席でリュシアンが待っている道に降りた。しかし、それは彼女たちの鼻先で荒々しく急発進した。
「何て馬鹿なことを!」ジェルメーヌがつぶやいた。「私たちが来たってのに」
彼女たちは、彼を木にもたれかけさせたが、それは、彼が前日、その後ろに一時間以上も待ち伏せして留まっていた木だった。正午頃、少女たちが画家の妻に導かれて寄宿学校から出てきた。彼はひどく困惑した。マドが気まぐれに、セーターとガーターベルトとストッキングしか身に着けていなかったためである。昨日と同様、フランソワーズは彼のことを知らないふりをした。しかし、彼の前を通るとき、彼女は泣き始め、その一方で彼女の仲間たちは吹き出した。
「もう終わりだって分かったでしょう」マドは喜んで叫んだ。
そして、彼女はキスするために首に抱き付いた。
「それにしても、服を着るくらいできたでしょうに」彼らを嘲笑するような顔で見つめていた友人が言った。
今、彼はマドに支えられて路上を歩いていた。夜になった。ジェルメーヌは消えていた。
「ヴィル・ダヴレーに大きな湖があった」彼はうめくような声で繰り返した。
「おお! あなたは優しくないわ」彼女は愚痴を言った。
疲れ果てつつ、彼らはやっと湖畔に到着した。彼は水に入り、少しずつ沈んでいった。マドは土手に残ってすすり泣き、助けてと叫び、戻ってきてと懇願した。
「ピーター! ピーター!」
しかし、彼は進み続け、やがて完全に沈んでしまい、もう何も聞こえなかった。
フランソワーズが湖底に横たわり、近づく彼を共犯者の微笑みを浮かべて見つめていた。象牙のナイフが彼女の胸に刺さっていた。彼女は緩慢な動作でナイフを指し示し、唇に指を一本、謎のように当てた。彼は恍惚感に満ちて、うなずくことで同意を示し、彼女の脇に横たわり、手を繋いだ……。
逆さまに、輝く大きな船が何隻か湖面を滑っていった。
「運がいいわ」フランソワーズがうっとりと囁いた。「これが、死んだら何もかもが逆さまに見えるってことなのね。この方がずっと面白いわ」
「でも君はトゥーロンに行ったことがない」突然彼はうめいた。
そのとき、とても甘美な、この上なく優しい声で、彼女は答えた。
「いいえ、愛しい私のピエール。これはね、私の秘密なの」
以下は12章からの引用。クリスマス・イヴの夜、ピエールは画家の家からクリスマス・ツリーを盗み出す。
彼がロアジスに到着すると、雪が降り始めた。彼はその現象を見て意表をつかれて立ち止まり、それから驚きの視線を自分の周囲に巡らせながら、ゆっくりと向きを変えた。
魅惑は続いた。眠ってはいない、彼はそれを確信したが、今彼が動き回っている世界は、眠りの世界と同じくらい美しく、奇妙であった。
前々日に見て頭を離れなかったあの夢、彼を陶酔させた甘美で不思議な夢が、この新しい世界の中では現実にはならないのだろうかと、彼は疑うに至った。いずれにせよ、彼が次の夜のことを考えたとき(★前日の夜に今日の夜のことを考えたとき、ということ)、その空想でたどる道は確かにあの夢にまで続いていたのだが、その夢は、実を言うと初めと同じようにはもう姿を現さず、部分的に現実的でないことを捨てていた。そこに現れたのは、もうヴィル・ダヴレーの暗い湖の底ではなく、彼らがその夜を過ごすだろう部屋の中だった。どんなふうに? 彼はそれについてのはっきりした考えを持っていなかった。というのは、ちょうどそのとき、無気力が彼の脳を曇らせていたからである……(★前日、彼は風邪を引いた)。彼はまぶたを閉じるのを我慢しきれなかった……。心臓は破裂しそうなほど強く打っていた……。フランソワーズの声が、ほとんど単調な歌のようなうなりになった……。彼はベッドに近づく自分を意識し、彼女の上に身をかがめて……。彼が再び目を開いたとき、奇跡が起こった。もう一度、不可思議にも、フランソワーズが自分の胸に突き立った象牙のナイフを指し示したのだ。またもや、彼はその仕草への返答としてうっとりとうなずき、それから夢幻境のただ中で彼女のそばに横たわった。
(★ここから現実)彼は曖昧に微笑みながら階段のステップをよじ登り、ノッカーでドアを三回たたいた。それが開くと、画家の妻は彼を見てかなり驚いた様子を見せた。
――彼は雪の記憶もなくしていたようである。雪が降ってきたことでまるで新世界に入り込んだかのような気持ちになり、「その世界ではあの夢が現実にならないのだろうかと疑った」とあるので、彼は10章の夢を「現実」にしたがっていたことが分かる。……少女の心臓にナイフを突き刺すこと、そうすれば二人は幸福感に満たされる……。
○11章でのモーリスの語り。マドは、ピエールが埋めたシベールの父親の遺体が発見されたのに、その娘についてはまったく報道されないことから、ピエールが彼女に何かしたのではないかと不安にかられる。さらに、3日前の縁日のミニカー遊びで彼女がキスしたとき、ピエールが荒れ狂ったその視線の先には、たった一人の少女しかいなかったことも思い出し、いっそう恐ろしい疑惑を募らせた。彼女はピエールにフェノバルビタールを飲ませておとなしくさせておき、自分はパリに末期癌のモーリスを訪ね、トゥーロンで何があったのかを聞き出す。
「よし。じゃあ始めるぞ……。このことすべてが俺をうんざりさせるし、吐き気がするが、仕方がない、いいか……。トゥーロンでのある晩、俺はジュアンと弁護士の所に行った。ずっと遠く、ラマルグ要塞の後ろだ。十時頃、我々はそこを出て、車で坂を登っているとき、ジュアンがこんなことを言った。『おい! 向こうにピーターが!』ずっと遠くに、人通りのない道を下っている大柄な男がぼんやり見える。『目がいいな』俺が答える。『俺にはよく分からなかったが』『いやいや、奴だ』疑いながら、俺は大声で呼んでみた。『おおい! ピーター』そいつは俺たちをちらりと見て……曖昧な足取りで、進み続けて、それからある門の下に戻っていった。『奴が分からないのか?』ジタンが不満そうに言う。それで俺は言った。『なら、おまえは俺のことはちゃんと認識できているのか? 俺はジャンヌ・ダルクだぞ』……それはともかく。翌日、彼は港で新聞を差し出した。『それ、どう思う?』読むと、『ラマルグ要塞の近くで残忍な殺人。少女の死体、地下室で発見』詳細は省略する……。変質者の本物の犯罪だ……。俺はジュアンに三流新聞を返したが、そのとき、突然彼は嫌らしい微笑を浮かべてこう言った。『それがピーターだったら?』俺は飛び上がった! 『頭がおかしいんじゃないか?』ああ! 彼はすぐに悟ったよ。もう一言喋っていたら、俺が彼をぶん殴っていたに違いないってことを……。取るに足らん、くだらん話だ」
「残りは? 同じ状況下で惨殺された別の子供と、それからマルセイユの、コルニッシュの端で引き上げられた子は? あなたがちょうどそこにいた間の」
「あの人間のクズが、君にそれも喋ったのか?」
「言い過ぎよ……。ジュアンとそんな話になったとき、ピーターが入ってきたの。聞いたばかりのことで、私は頭にきていた。その話を断ち切るために何でもしようとした。『まあ! あなたの噂をしていたのよ』私はピーターを会話に引き込んだ。『さあ、ジュアン、続けて』『どうした?』ピーターが尋ねた。ああもう! あなたにあのジュアンの尻込みようを見せたかったわよ! 『もういいわ』私はわめいた。『私には分かってる!』それで私はドアをバタンと閉めて出て行った」
「分かってる? そんなこととは思わなかった!」
「でも、二ヶ月前に起こったことの後では、もう確信を持てないわ」マドは打ちひしがれてつぶやいた。
「君は普段新聞を読まないんだな?」
「ええ」
「それは間違いだ、役に立つ」
「なぜ?」
「例えば、知ってるかもしれんが、マルセイユの変質者な、あれは投獄されて終わった」
「いいえ、そうなの?」
「この夏、オーバーニュで、二人の警官が、車でガキを追い回している最中の奴を捕まえた。取り調べの途中、ただ確認するために、彼らは二、三のほかの事件にそいつを導いた、我々が関心のある分野の」
「自供したの?」
「少しだけな! 彼らはもうそいつの話を遮ることができなかった……。そいつは十年前の書類を再び開くことさえ彼らに強いた……。しまいには、訴訟の前日に独房で首を吊った……。安心したか?」
マドは安堵のため息をついた。
「ああ! ええ、とても! 生き返ったような気分よ、私」
――ラマルグ要塞近くで殺人があった夜に現場付近を歩くピエールの姿は、ジュアンには見えたがモーリスには確認できなかった。またジュアンが、こちらもピエールの犯行だと疑っていたマルセイユの少女殺人の犯人は、最近逮捕されて自殺したという。この話を聞いたマドのみならず、読者もここでほっとすることになる。しかし、「ではジュアンが見たというピエールは、本当は誰だったのか?」ということは、物語を最後まで読んでも明らかにされない。つまり、「それはやはりピエールだったのでは?」という疑いは晴れぬままなのである。
○15章のクリスマス・イヴの夜、ピエールは、ベッドで眠りに落ちた下着姿のシベールの、心臓の辺りの素肌がちらりと見えたのをきっかけに、突然幻覚に襲われ、次に彼女のその見えた素肌に指で触り、さらにポケットからナイフを取り出そうとしたこと。
彼女は口をつぐみ、眠気に負けた。
五分が過ぎ、その間、ピエールは彼女を見つめ続けた。暑さで不快になったため、フランソワーズは被っていた掛布を押し返し、上半身が露わになった。シュミゼットの、ボタンが飛んでしまっている隙間から、彼は皮膚の一部を見ることができた――ちょうど心臓が鼓動している場所を――。彼は次第に強い視線でそれを見つめた。突然の幻覚のせいで、何度も彼の目は大きくなり、瞳孔は拡大した……。外で、車のドアがバタンと音を立てた。彼は身震いしたが、それ以外の反応はなかった……。とうとう、彼はおずおずとした動作で、弱い拍動がやむことなく収縮しているその魅惑的な肌の一部に、人差し指で触れた。フランソワーズはうめき、それから微笑んだ。順に彼も少し緊張して微笑んだ。彼の両手は上着のポケットを不器用に探った……。突然、彼の表情が凍り付いた。手荒な動作でポケットに触れ、探り、それから混乱して立ち上がった……。またもや突然に、彼の顔は明るくなった。いや、なくしてはいない、玄関の椅子の上に置き忘れただけだ、こじ開けた大箱の近くの(★この箱には、ジョジア夫人が以前甥のために編んだ赤い手袋が入っていた)。
彼は音を立てずにドアの方へ行き、開いた。眠っている少女をもう一度、一瞬だけ見つめてから、彼は出て行った。
――ポケットにナイフがないことに気づくと、彼はひどく取り乱している。彼はこの瞬間、何としてもナイフが欲しかったのだ。結局、ナイフは玄関に置き忘れていて、それを取りに行ったときに、ちょうどその家(グリシンの館)に入ってきていたジュアンによって彼は殺された。ジュアンが来なければ、シベールは、ピエールの先の夢と空想(と、おそらく今見ている幻覚)のとおり、胸にナイフを刺されて死んでいたことだろう……。上の描写以外にも、この夜のピエールは、顔が神経質に痙攣していたり、シベールに様子がおかしいと思われたりと、熱があったとはいえ、少し異常な状態だったことが書かれている。眠りに落ちる前のシベールの告白がとてもいじらしく感動的なだけに、ここでピエールが、幻覚に襲われた揚げ句にあせってナイフを探したという事実は、物語をいっそう冷厳な救いのなさへとたたき落とす効果がある。
殺害の描写やその記憶の再現が書かれていない以上、上記の記述があるにもかかわらず、「だからといってピエールが殺人鬼だとは、やはり断言できまい」と反論することも可能でしょう。作者がその点はわざとはっきり書かないようにしているフシがありますし(文学的効果を狙っている?)、物語中でも、モーリスやレイモンは、一連の少女殺人事件はすでに犯人が捕まったと思っています。ピエールを疑っているのは、犯行の夜に事件現場でピエールを見たと言っているジュアンただ一人だけなのです。
しかし、オーバーニュで捕まったというその犯人は、余罪を全部は自白しないうちに牢屋で首を吊ってしまったと当のモーリスが言っていますし、その者がマルセイユでの少女殺人事件の犯人であることは確実でも、トゥーロンの事件の犯人でもあったとは断言できないような書きぶりになっています(さらに、マルセイユとオーバーニュは20kmくらいしか離れていないが、トゥーロンとオーバーニュは50kmくらい離れているということもあります)。やはり、ピエールの内面描写なども含めた材料から素直に判断すれば、結局はジュアンが信じたように、ピエールはトゥーロンの少女を殺してしまったのだと考えるのが自然でしょう。むしろ、そう考えることによってこそ、上記のようないくつかの記述に合点がいくように思われます。

映画のカット疑惑について

さて、孤独な少女シベールの生きる希望、彼女の夢の存在とでも言うべきピエールが、実は最悪の変質者だったという原作のオチは、例の「映画『シベールの日曜日』カット疑惑」にも多少のヒントを提供してくれるように思います。
ブルーレイの解説やネット上の書き込みによれば、カットされたと主張されている場面は、次のようなくだりです。
○病院でベルナールがマドレーヌを口説き、ピエールのことも話題に出る(これは映画の冒頭で、駅のシーンより前だったとか)。
○カルロスがピエールにツリーを見せ、クリスマスにはカルロス夫妻が不在であることを告げる。
○マドレーヌがピエールのことをベルナールに相談する(現行版のマドレーヌがベルナールにカフェから電話するより前に、相談シーンはもう一つあったそう)。
――以下は映画の終盤で、記憶されている方の多い部分です。
○大きなベッドでピエールとシベールが手を繋いで横になっている。
○眠りについたシベールを置いて風見鶏を取りに行く。
○ピエールが教会に忍び込み、レコードでミサ曲をかけている男の前をこそこそと通り過ぎる(風見鶏を抱えて戻ってくるときは堂々と通り過ぎるが、そちらはカットされていない)。
○ピエールがめまいを押して教会の屋根に上る。
○ピエールが風見鶏を持って歩き、警官が後をつける。
○ピエールがナイフを手に持って眠るシベールに近づき、それを彼女に突き刺すかのように振りかざす。
○目を覚ましたシベールの驚く顔。
○警官の撃つ銃声。
○ピエールが撃たれた後、シベールがショックで泣きながらやみくもに駆け出す。
○シベールが立ち止まったか倒れたかして、その涙を流す顔が夜空を背景にして仰角でアップに。
私自身には、カットされたと言われている場面の記憶は残念ながらありません。ただ、この映画を初めてテレビで見たときと二度目に見たときとでは、ラストシーンに違和感を感じたということだけはうっすら記憶に残っています。それは、二度目に見たときは「あれ? 最後こんなにあっけなかったっけ?」というように感じられたことです。この記憶は確かなものですが、なにしろ初めて見た当時はまだ子供でしたから、記憶が曖昧だったのだろうくらいに考えて、その後の違和感の理由を追求することはありませんでした。
この手の論争は、存在を証明するものを提示するしか解決の方法はありません。なかったことの証明は困難ですから、あったと主張する側が証拠を出さない限りは、「脳内妄想」とか「共同幻想」とかで片付けられても仕方のないことです。私自身には記憶はないけれども、何か証拠を出せないかと思って家の中を探してみたところ、1986年ごろにこの映画のテレビ放送を録画したVHSテープが出てきたので、喜び勇んで見てみたのですが、残念ながらラストは現行のものと同じでした。
しかし、原作を読み終えた今、私はその「幻の長いバージョン」がやはり存在していたのではないかという方に心が傾いています。ピエールがシベールにナイフを振りかざすシーンがあれば、映画は原作により近くなりますし、さらにはクリスマスの夜、シベールと一緒にいるときのピエールの妙に不気味な映し方や、射殺された後のピエールの不格好な横たわり方(ナイフを振りかざした姿勢のままなのか、目を見開いて、変な体勢で仰向けに倒れている)などの演出――いかにも異常な犯罪者という印象を与える――にも、合点がいくというものです。彼は、教会の屋根で「めまいがなくなった」瞬間に、少女を殺したいという欲求が鮮明になったのかもしれません。
ピエールが実は殺人衝動の持ち主だったということが映画でも意図されていたとしたら、映画の弱点は、ピエールが少女を殺したいと思う、その理由の説明が弱いことでしょう。ベルナールによれば、「彼は以前少女を戦闘機で殺したと信じ込んでいて、それで罰せられなかったことから、罪を受けるためにまた似たような少女を殺そうとしている。そうすれば強迫観念から逃れられるから」ということでした。この説明でピエールの殺人衝動を納得できる人はあまりいないと思いますが、飛行機で墜落して記憶をなくすほど頭が壊れていたのだから、もしかするとそういうこともあるのかな、という程度には受け入れられるかもしれません。しかし、せいぜいその程度しか共感できない理由では、ベルナール(と画家の妻カルメラ)以外のピエールを知る人間――映画の鑑賞者も含めて――が、「ピエールがシベールを殺すことなどありそうにない」と思うのは無理もないことです。これでは、もし最後にピエールがシベールにナイフを振りかざすシーンがあったとしても、それは「マドレーヌが尾行する映画中盤のシーンと同じで、彼はただふざけただけなのだ」と信じさせる結果になりやすいと言えましょう。
それに対して原作では、この手の医学的(?)な説明は一切なくて、ジュアンの言葉を借りれば、ピエールは「危険な小児偏愛」の持ち主、要するに最初から変質者だったという単純な話になっています。この方がずっと分かりやすく、ピエールが最後にシベールを殺そうとしたことも、もともと持っていたその性癖のためだということで一言で説明がつくわけです。おまけに原作では、以前ピエールがトゥーロンでどこかの少女と関係していたことは、ジュアンの悪意の想像などではなく事実のようですから、それも彼の性癖の補強材料になっています。
長いバージョンが存在したとして、それがある一定の期間(70年代?)だけ日本国内で流通していた理由は分かりませんし、どこかにそれを説明してくれている資料もあるのかもしれませんが、それを探し出すエネルギーは今の私にはありません。原作の結末の救いのなさと、またもしかすると映画も当初はそのように作られた可能性があるということに、長年この映画に見ていた夢を打ち砕かれたショックが大きく、少し心が折れているためです(苦笑)。

作品の本当の姿?

○サボテンの花ひらく……『グアアの歌(グレの歌)』の最後の「夏風の荒々しい狩り」は、作者の構想ノートに残っている「序詩」の内容から見て、視点が中世から19世紀に戻り、現在のグアア湖の描写に移っただけで、ヴァルデマの救いを暗示しているわけではない。ヴァルデマの亡霊は、伝承のとおり、最後の審判の日までトーヴェの魂を求めて永遠にさまよい続ける運命である。
○ピクニック・アット・ハンギングロック……作者自身の種明かしによれば、ミランダ、マリオン、マクロウ先生の3人は、巨礫の下の穴に入ったまま出られなくなり、そこで死んだと考えるほかはない。
【補足】解説に書いた「モノリス」は、『2001年宇宙の旅』に出てきたような黒い板ではなく、ただの大きな自然の石柱のことです。解説だけ読んで誤解なさった方もいるようですが、小説本文の方も読んでいただければ分かると思います。
○ヴィル・ダヴレーの日曜日……ピエールは、おそらく危険な少女殺人犯で、映画もそれを意図した可能性がある。
……上記のように、この《雨降りの日曜日》で取り上げた文学作品では、夢を打ち砕くような結論ばかり出していてたいへん恐縮していますが、もちろん私自身はそうしたくてしているわけではありません。『ヴィル・ダヴレーの日曜日』も、映画の叙情性を文字で追体験できればと読み始めたのに、現実はそんな甘えを許さなかった、という結果に終わっただけのことです。
ただ、上記の3作に共通しているのは、「そうでない読み方もできる」という点です。特に『サボテン』と『ハンギングロック』は、小説だけを読んだのではよく分からない部分を、作者の生前には公にされなかった資料を用いて判断しているわけですから、「そんなのは反則だ」とお叱りを受けるかもしれません。「作品の読解は、作者が最終形とした本文だけでするべきだ」とか、「決め手になる部分を削除したということは、作者がわざと曖昧にしたということなのだから、解釈を固定すべきではない」とか言われれば、私には反論できません。ですから、このサイトをご覧になってくださる方は、上記のような解釈もあるという程度の参考としてお読みになっていただければ幸いに思います。
ご意見・ご教示等ございましたら こちら からお送りください。

Copyright © 2013 鷺澤伸介 All rights reserved.