ベルク&シェーンベルク《ペレアスとメリザンド》解説 日本語訳

鷺澤伸介:訳
(初稿 2025.2.13)
(最終改訂 2025.2.13)

シェーンベルクの交響詩《ペレアスとメリザンド》作品5について、作曲者の弟子であるアルバン・ベルクと、作曲者アーノルト・シェーンベルク自身によって書かれた解説を翻訳しました。

底本
……下の2点はシェーンベルク・センターで利用できる資料による。

シェーンベルク《ペレアスとメリザンド》作品5 簡単な主題分析 ……アルバン・ベルク
シェーンベルク《ペレアスとメリザンド》作品5 主題分析 ……アルバン・ベルク
交響詩《ペレアスとメリザンド》 キャピトル・レコード P8069 ライナーノーツ ……シェーンベルク自身の解説を含む
交響詩《ペレアスとメリザンド》 ラジオ放送のための前説 ……アーノルト・シェーンベルク
解説……【本文について】ほか

シェーンベルク《ペレアスとメリザンド》作品5 簡単な主題分析

アルバン・ベルク
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‡訳注──底本の譜例は、巻末に挟み込まれた大きな紙にまとめて掲載されており、両英訳版も巻末にまとめて載せるという底本の形式を踏襲している。しかし、ここでは『グレの歌ガイド』と同じように、本文中の、それぞれの譜例に触れた説明文のすぐ近くにその譜例を掲載することにした(アルバン・ベルク全集所収版はこの形式になっている)。この方法は、譜例と譜例の間が離れてしまうために既出の譜例の参照や譜例どうしの比較がしにくいという欠点はあるものの、説明文から目を離さずに譜例が参照できるという大きな利点がある。シェーンベルクも、1920年11月12日付のベルク宛書簡において、ベルクのガイドのうち『グレの歌ガイド』はレイアウトが優れていたと感想を書いていたので、ここではあえてその方式に変更した。
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この交響詩は1902年から1903年の間、すなわち六重奏曲《浄夜》と《グレの歌》の1~2年後、第1弦楽四重奏曲作品7・管弦楽歌曲作品8・室内交響曲作品9の2~3年前に成立した。これは──その時期のシェーンベルクのすべての室内楽および交響楽的作品と同様に──単一楽章からできている。また、第1弦楽四重奏曲や六重奏曲とは、調性──ニ短調──も共有している。最後に、六重奏曲と同じく、文学作品にその基礎を置いている。そちらはリヒャルト・デーメルの『女と世界』からの詩
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
私は身震いしながら体を委ね
見知らぬ男に抱かれたのです、
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
であり、こちらはメーテルランクの戯曲である。
シェーンベルクの音楽──この戯曲の理念と内面的な出来事によって支えられている──は、その外側の筋書きを非常に大まかにしか描写していない。本作はまったく説明的ではないのである*)。絶対音楽の交響的形式は常に保たれている。この交響詩の四つの主要部分には、交響曲の四つの楽章が明確に検出され得る。すなわち、最初の大きなソナタ楽章、三つの短いエピソードから成る、要するに三部形式の第2楽章(少なくとも一つの場面でスケルツォ的な性格をほのめかしている)、ゆったりと引き延ばされたアダージョ、そして最後に再現部として構築されたフィナーレ、である。それにもかかわらず、そのような純粋な音楽形式がメーテルランクの戯曲といかに合致しているか、またその中でその文学作品の少数の場面がいかに描写されているかは、以下の分析が示している。
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*)テーマ分析において個々の主題と動機に名前が与えられているとすれば──「運命の動機」「メリザンドの愛の目覚め」「ゴロの疑惑と嫉妬」などのように──、それはただより迅速な意志疎通とより容易な情報提供を目的として行われたにすぎない。それを材料として、そのようにラベル付けされた主題の出現にとって、その文学的内容だけが実際に決定的なのだと推論してはならない。加えて、ここで選ばれた名称も、たいていは付随的なものでしかなく、いずれにしても実際の感情的内容を完全に網羅するわけでは決してないのである。
‡訳注──要するに、主題や動機には一応名前を付けるけれども、それは説明のためのラベルでしかなく、場面によってはその名前の内容どおりとは言えない場合もある、ということか。……『グレの歌ガイド』のときは、ベルクもシェーンベルクも「歌詞があるのだから主題や動機に名前なんか必要ない」という態度を貫いていたが、同じように文学作品に基づいてはいても、こちらは「歌詞のない純器楽曲」ということで、主題や動機への命名の有効性を認めたのであろう(絶対音楽なら「序奏の半音階的動機」「第1主題」「アダージョ主題」などと命名するところである)。訳者としては、正直、『グレの歌ガイド』はストイックすぎるという気がした。ベルクが「身の毛がよだつ」と言っていた「愛の動機」のような世俗的命名法のせいで、べたべたな19世紀的ロマン派情緒が醸し出されるのを嫌ったのだろうが、そもそも原作も音楽もロマン派的なのだから、ある程度そうなっても悪いことではないのではなかろうか。
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オーケストラの
メンバー
1 ピッコロ
3 フルート
(第3奏者は第2ピッコロとしても)
3 オーボエ
(第3奏者は第2イングリッシュ・ホルンとしても)
1 イングリッシュ・ホルン
1 変ホ調クラリネット
3 クラリネット、イ調および変ロ調
(第3奏者は第2バス・クラリネットとしても)
1 バス・クラリネット
3 ファゴット
1 コントラファゴット
8 ホルン
4 トランペット
1 アルト・トロンボーン
4 テナー・バス・トロンボーン
1 コントラバス・チューバ
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2組のティンパニ
1 トライアングル
1 合わせシンバル
1 大太鼓
1 大きな中太鼓
1 タムタム
1 グロッケンシュピール
2 ハープ
16 第1ヴァイオリン、16 第2ヴァイオリン、12 ヴィオラ、12 チェロ、8 コントラバス
主題分析
交響曲第1部
は、その形式がほぼソナタの第1楽章に相当する。その
序奏(森の中)
【0-43・冒頭-4
は、以下の主題と動機に基づいている。
譜例1:
譜例1
【スコア冒頭・練習番号なし】| Einleitung (Im Walde):序奏(森の中)/ E.H..:イングリッシュ・ホルン。/ Str.:弦楽器。/ m.D..:弱音器付き。
「……誰かが泣いている……おお、おお、あそこの泉のほとりに何があるのか?……小さな娘が泣いている……」
【第1幕第2場】
運命の動機(譜例2)と、木管楽器で繰り返しストレッタで入ってくる「メリザンド」の主題(譜例3):
譜例2
【1-2・練習番号なし】| Schicksalsmotiv:運命の動機
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‡訳注──譜例2は4/4拍子で書かれているが、実際のスコアでは12/8拍子で書いてある。演奏はほぼ同じにはなるものの、厳密に言えば16分音符のニ音と嬰イ音の音価が譜例の方がわずかに長くなり(1/4拍と1/6拍の違い)、嬰ハ音はわずかに短くなる。この下の、増補版の方の譜例2参照。そちらの方はスコアどおりである。
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譜例3
【11-13・1(-1)-2
「彼女が何歳なのかも、どこから来たのかも分からない……金の冠は頭から滑り落ち、湖の底に沈んでいた。すっかり王女のような服を着てもいたが、その衣服は茨で引き裂かれていた……」
【第1幕第3場】
こうして彼女は老いた王子ゴロに出会う(譜例4)。
譜例4
【27-29・3(-1)-2
主要主題
【44-74・5-7
(譜例5)
譜例5
【44-47・51-4】| Hauptsatz:主要主題/ Band der Ehe (Hochzeitsring):婚姻の絆(結婚指輪)/ Hörner.:ホルンの複数形。
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‡訳注──この譜例5でのホルンは、8本それぞれがほぼ異なる動きをする。この曲の対位法的な書法がよく分かる部分である。
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ゴロはメリザンドを自分の妻にし、王である祖父の城に連れて行く。
この主要主題が高揚する過程で、メリザンドの主題(譜例3)も再び登場する。
経過部
【75-88・8
譜例6─その後、バスにゴロの主題(譜例4)が、ヴィオラ(独奏)、イングリッシュ・ホルン、ファゴット、バス・クラリネットにメリザンド(譜例3)が続くが、その後の方の2回は両方とも四度和音上である(1902年で!)。
譜例6
【74-76・8(-1)-2】| Überleitung:経過部/ Schicksalsmotiv Bsp.2:運命の動機 譜例2/ Band der Ehe Bsp.5:婚姻の絆 譜例5
副主題
【89-119・9-123
城で、メリザンドはゴロの若い異父弟と知り合う:ペレアス(譜例7)。
譜例7
【89-97・91-101】| Seitensatz:副主題/ Lebhaft:活発に/ Etwas zurückhaltend:やや控えめに/ Schicksalsharmonie (Bsp.2):運命の和声(譜例2)/ Ggn.:ヴァイオリン
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‡訳注──「運命の和声」は、ホ長調のⅢ7の第3音上方変位第1転回形→Ⅴ7という進行になっている。コードネームならG♯7/B♯(A♭7/C)→B7、ハ長調ならE7/G♯→G7となる。
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この主題から発展する高揚の後、メリザンドとペレアスの主題は再び「langsamer[よりゆっくりと]」奏される。
結尾部
【120-136・124-13
での譜例8:メリザンドの愛の目覚めの追加のもと、いわば対話体で、である。
譜例8
【124-127・128-11】| Schlußsatz:結尾部/ Melisandens Liebeserwachen:メリザンドの愛の目覚め/ Vgl.:参照せよ。
主要主題譜例5(和声的、旋律的、楽器法的にかなり変奏されている)の短い
再現部
【137-160・14-15
は、譜例9の主題、およびその他の先行する主題[譜例7Ⅰ(ペレアス)、譜例8(メリザンドの愛の目覚め)、譜例3(16分音符のパッセージ)]もまた展開部的にもたらし、数小節で
譜例9
【148-149・151-2】| Reprise:再現部
交響曲第2部
へと移行する。
庭園の噴泉の場面
【161-243・16-24
(譜例10)
譜例10
【160-169・16(-1)-9】| Scene am Springbrunnen im Park (quasi Scherzo):庭園の噴泉の場面(ほとんどスケルツォのように)/ sehr rasch:非常に速く/ der Hochzeitsring:結婚指輪
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‡訳注──この本は、『グレの歌ガイド』(大小とも)のように譜例が間違いだらけということはない。とは言え、誤っている箇所もなくはないようなので、それらは気づいた限りは修正した。この譜例10も、底本では5小節目の下の段、イングリッシュ・ホルンの旋律に2回出てくる16分音符のロ音の最初の方にプラルトリラーが付いているが、これはおそらく譜刻担当者が1拍目冒頭の8分休符をプラルトリラーと誤認したものと見て、休符にしておいた。
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ペレアス:何と遊んでいるのです?
メリザンド:指輪と。あの人が私にくれた……
【第2幕第1場】
このスケルツォ的な楽章は、譜例10の角括弧で括られた動機と主題(譜例5と7Ⅱ)から形成される。さらなる展開にとって、譜例8aからの既知の音型は特に重要である。その2/8のリズムは、(急速に強く、また加速して)ゴロの乗馬、指輪が泉に落ちるその瞬間、同時に落馬するところを描写している:譜例11。
譜例11
【214-216・221-3】| 4 Pos. u. Ctr.Baß Tuba:4本のトロンボーンとコントラバスチューバ†
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†訳注「4本のトロンボーンと……」──途中まではアルト・トロンボーンも吹奏するので、そこまでは「5本のトロンボーン」である。
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langsamem[ゆっくりと]とheftigen[激しく性急に]のテンポの間を揺れ動く、短い
後奏曲
【217-243・224-24
は、さまざまな組み合わせをもたらす。フルートによるメリザンドの主題(譜例3)、ヴァイオリンによるゴロ(譜例4)、譜例5からのイングリッシュ・ホルンによる歪められた婚姻の絆の動機。これにゴロの疑惑と嫉妬を描く主題(譜例12)が、さらには(heftig[激情的な])「メリザンドの愛の目覚め」(譜例8)、ペレアスおよびメリザンド(譜例7、3)の組み合わせが、「wieder langsam[再びゆっくりと]」ゴロの「疑惑」が「運命の動機」(譜例2)と同時に、そして最後には「wieder heftig[再び激情的に]」、これらすべての主題が、ホルンの「ペレアスの主題Ⅰ」(譜例7Ⅰ)、弱音器付きトランペットの運命の動機、ヴァイオリンのゴロの落馬(譜例11)と結合されて続く。
譜例12
【223-224・231-2】| Nachspiel (Verdacht und Eifersucht Golos):後奏曲(ゴロの疑惑と嫉妬)/ Schicksalsmotiv:運命の動機/ Langsam:ゆっくりと
城の塔
【244-282・25-305
(譜例13)
譜例13
【248-249・261-2】| Scene am Schloßturm:城の塔の場面/ 2.gr.Fl.:2本のフルート/ Vcl.:チェロ/ Melisande Liebeserwachen:メリザンドの愛の目覚め
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†訳注──譜例13は、この曲の分厚い対位法的書法の好例として、書籍などによく引用されている。例えば、レボヴィッツの『シェーンベルクとその楽派』では、この譜例をほぼこのまま「例5」として載せ、次のように説明している。
「疑いもなくこのスコアほどに対位法的なスコアはそう多くはない。すべてのモチーフは多くの対主題でとりまかれる。展開部においては巨大な旋律の「アンサンブル」が一つ一つと結び合わされる。ある瞬間には五つの異なるモチーフが重ね合わされる──そのそれぞれが別々に模倣され──ことさえ生じる。例5はこの状態をよく示す実例である」(入野義郎・訳、音楽之友社、1965、p.75)
なお、この部分は、1911年の初版スコア(写譜屋による手書き版)では、ヴァイオリンは上の譜例13のように独奏二人が弾くのみでトゥッティは参加しないが、ヴィオラ、チェロ、コントラバスは全員が参加している。それに対し、1920年の改訂版(譜刻版、Dover版等もこれ)では、ヴァイオリン独奏二人と独奏チェロ(譜例13の下から2段目)以外の弦楽器は、すべて休止となっている。上に見るように、譜例13の最下段には弱音器付きチェロの略称(Vcl.m.D.)が書き込まれているが、1920年版スコアではこの全音符を弾くトゥッティのチェロ・パートは存在しない。このことから、ベルクはこの主題分析を1911年版スコアを見ながら書き進めたことが分かる。
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メリザンド(窓辺で、ほどいた髪を梳き、歌う)。
ペレアス(その窓の下方で):おお、これは何です?──あなたの髪が私の所に落ちてくるあなたの髪が全部、私の上に流れ落ちてきます……私はそれを手でつかむ。私はそれを口で獲得する……私のキスがあなたの髪を伝って滑るのが聞こえますか?……
【第3幕第2場】
ロの介入とともに、再び彼の主題群、譜例4、譜例5(婚姻の絆)、譜例12(疑惑と嫉妬)が、まず「nach und nach beschleunigend[徐々に加速して]」、次にメリザンドの主題(ピッコロで目立って)とともに、非常に速く激しく3/4拍子で現れ、特に疑惑の動機を用いて高揚し、それを用いたクライマックスにも到達する。弦楽器(ペレアスの主題Ⅰ)の激しい流れと、譜例7(ゲシュトップ・ホルン)からの和声進行が結びついた譜例2の運命の動機(トロンボーン)が、この場面を締めくくる。
城の地下洞窟の場面
【283-301・306-32
(譜例14)
譜例14
【282-284・305-7】| Scene in den Gewölben unter dem Schloss:城の地下洞窟の場面/ Sehr langsam, gedehnt:かなりゆっくりと、引き延ばして/ Fl.(Flatterzunge):フルート(フラッタータンギング)/ am Steg:駒の上で(スル・ポンティチェロ)/ gr.Trommel:バスドラム、大太鼓/ Schicksalsmotiv:運命の動機
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‡訳注──有名なトロンボーンのグリッサンドの箇所。スコアの欄外注釈には、「グリッサンドは、トロンボーンでは次のように演奏される:この音(ホ音)[訳注:欄外注釈の存在を示す*印は最初の低い方のホ音の左側に付いている]は、スライドの第6ポジションの基音(あるいはオクターヴ)として唇で固定され、次に全スライド・ポジションを通して管を一気に押し込むが、それにより弦楽器のグリッサンドの場合と同じように、半音階、およびその間にある四分音や八分音や最小の音程がはっきりと聴き取れることになる」と書かれている。……どのスコアにも確かに「6」と書かれているけれど、ホ音のポジションはこれで合っているのか?
なお、ここのトロンボーンの指定は弱音器付きかつ ppp だが、そのせいでほかの楽器の音に埋もれてしまってほとんど聴き取れないような演奏がある。目立たせる必要はなさそうだが、シェーンベルクが「私が発明した、それまで知られていなかった効果」と自慢げに語るような新機軸なのだから、聴衆が耳をそばだてなくても楽に聴き取れるくらいのボリュームで演奏する必要はあるだろう。この箇所は、この曲の演奏の善し悪しがある程度判断できる試金石となっている。
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ゴロ:(ペレアスに)この洞窟から我らに向かって吹いてくる死の息吹を感じるか……。切り立った岩の先端まで行って、その断崖の上で少し身を乗り出してみるがいい……。
ペレアス:まるで墓からの臭気です───
ゴロ:……屈んでみろ。恐れることはない……私がつかんでやる……よこせ……違う違う、手ではない……腕だ、腕……(動揺して)底が見えるか?……
ペレアス:ここでは息が詰まります……もう行きましょう……。
ゴロ:(震える声で)そうだな、行こう……
【第3幕第3場】
この場面を描いた音楽の中で、次の主題が再び登場する。ペレアス(譜例7Ⅰ)を伴う譜例5からの「婚姻の絆」。ゴロ(譜例4a)とメリザンドの愛の目覚め(譜例8)を伴うメリザンド(譜例3)。その後、経過的に現れる木管のフラッタータンギングの全音階和音(1902年!)、最後に、譜例6を彷彿とさせるような ff が結合に加わる。この場面もまた、ゴロの疑惑(譜例12、弦楽器のユニゾン)と譜例7からの「運命の和声」で閉じられる。
交響曲第3部
展開部的な導入部
【302-328・33-35
(庭園の噴泉で)
【第4幕第4場】
(「ein wenig bewegt[やや活発に]」、3/4)では、何よりもまず今述べた和声進行を取り上げている。しかも、ホルンとハープの、この次の譜例(15)のリズムで、である。これに加えて、譜例5(婚礼の絆)、8(メリザンドの愛の目覚め)、2(運命の動機)、7(ペレアスⅡ)、3(メリザンド)等からの主題が、同時に対位法的に奏される。その後は、16分音符で進むペレアスの主題Ⅰの変形が弦楽器で奏される。これに譜例15の泉の動機[これに対して木管のパッセージ(譜例3と8)、フルートのトレモロ、弦楽器のトリル、ハープのアルペジオ等が加わる]が続く。
譜例15
【316-317・345-6】| Eine durchführungsartige Einleitung (am Springbrunnen im Park):展開部的な導入部(庭園の噴泉で)/ Harfen:ハープ(複数形)
このようにして、今度は次の
ペレアスとメリザンド
との間での
別れと愛の場面
【329-460・36-49
(ほとんどアダージョ楽章のように)
が準備される。
譜例16
【328-345・36】| Abschieds- und Liebesscene zwischen Pelleas und Melisande (quasi Adagio):ペレアスとメリザンドとの間での別れと愛の場面(ほとんどアダージョ楽章のように)
このアダージョの主題のさまざまな旋律と動機の構成要素から、交響曲のほかの主題やライトモチーフとともに壮大な構想の楽章が形成される。これらの主題は──登場順で──次のとおりである。まずメリザンドの愛の目覚め(譜例8)がただ伴奏として。次に、「同時に」メリザンドの主題(譜例3)とペレアスの両主題(譜例7)。続いてペレアスⅠを伴う泉の動機(譜例15)。最後はあらためて譜例8(メリザンドの愛の目覚め)が、ペレアスの主題Ⅰ(譜例7)とともに。[これらはすべて──前述のように──大きなアダージョ楽章の枠組みの中にある。]
ロは恋人たちの会話を盗み聞きする[彼の動機・譜例4aは、「メリザンド」(譜例3)の激しいピッコロの叫びに対し、バスに現れる]。
メリザンド:ああ彼が木の後ろにいます……彼は全部見ていたのです。
ペレアス:来ます彼が来ます!……口を!……あなたの口を……(二人は狂おしい情熱のうちに抱き合う)
【第4幕第4場】
譜例16の構成要素から形成されたアダージョが続く。さらに:譜例8がユニゾンで、そして同時にペレアス、メリザンド、ゴロ」(譜例4aと疑惑12)の主題が現れる。
ペレアス:おお、おお星が全部落ちてくる!
メリザンド:私にも私にも!
ペレアス:もっとたくさん、もっとたくさんくださいください!
メリザンド:すべてをすべてをすべてを!
【第4幕第4場】
(ゴロが剣を手にして二人を目がけて突進し、ペレアスを斬殺、彼は泉の縁に倒れる。メリザンドは恐怖に満ちて逃げる)
運命の動機(譜例6)が、いわば引きちぎられた婚姻の絆の動機、およびゴロ(譜例4a)の付点リズムとともに現れる。何発かのオーケストラの打撃。ホルンに消えてゆくペレアスの主題(譜例7Ⅰ)。弱音器付きのトロンボーンに運命の動機(譜例2)。イングリッシュ・ホルンとバス・クラリネットにメリザンドの主題(譜例3)。
交響曲第4(最終)部
では、若干の新しい主題(譜例17と18と、メリザンド臨終の部屋の場面譜例20)のほか、これまでの主題素材のほぼすべてが再びもたらされる。従って、ここは一方ではこの4部から成る交響曲の規則どおりのフィナーレを形成しており、また一方では単一の大きなソナタの最初の楽章の自由な再現部と解釈することもできるのであって、そのためその形式がこの単一楽章の交響詩の基礎として使われている可能性があるのである。
第1部導入部の再現部
【461-504・50-54
嬰ハ短調での譜例1。さらに譜例3(メリザンド)、譜例7a(ペレアス)、譜例12と5(ゴロの疑惑と婚礼の絆の動機)と、二つの新しい主題:譜例17と18。
譜例17
【462-466・502-6】| Neue Themen der Reprise:再現部の新しい主題/ Sehr langsam:かなりゆっくりと
譜例18
【467-468・507-8】| Etwas langsamer:ややゆっくりと/ zart:柔らかく繊細に
譜例17から作られる高揚は、その頂点でそれらの主題に運命の動機(譜例2)が結びつく。急速な衰退の後に、譜例4a(ゴロ)、12(疑惑)、譜例18と7a(ペレアス)からのバスのレチタティーヴォが続き、──全オーケストラでもたらされる──主題的、和声的、形式的に変形された
主要主題の再現部
【505-514・55
となるが、これはその主題譜例5(etwas bewegt[やや活発に])が、メリザンドの主題の「heftigen[激しい]」継続を受ける。ゴロの疑惑の動機(譜例12)は18aと結びつく。この5小節のゼクヴェンツに、「etwas belebter[やや生き生きと]」、(鋭い8分音符のリズムの)譜例16
アダージョ主題の再現部
【515-540・56-58
が続き、ここでもまた異なるオーケストレーション、綿密な組み合わせでさまざまに変奏され(譜例5、譜例12プラス18)、新しい形を取る。
ゴロ:「私はそなたに、ひどく多くの災いを与えてしまった、メリザンド……」かつて、嫉妬に駆られ、彼は彼女の髪をつかんだことがあった:「私の前にひざまずけああそなたの長い髪も、一度くらいは役に立つものだ!……右へ、左へ。──アブサロンアブサロン!†……」:譜例19。
【第5幕第2場】
【第4幕第2場】
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†訳注「アブサロン!」──ゴロがメリザンドに向かってアブサロンと叫んでいるのは、旧約聖書にある記事が元。ロベール仏和によると、「Absalon アブサロム:ダビデの息子。父に反逆を企て、森の中を敗走中に長髪が枝にからんで、敵将ヨアブに刺殺される」とのこと。また「cheveu d'Absalon[アブサロンの髪]」で「非常に長い髪。[注]父ダビデ王に追われたアブサロムが、逃亡の途中頭髪を木の枝に引っ掛けて殺されたことから(【聖書】サムエル記下18:19)」とのこと。なお、フォークナーに『アブサロム、アブサロム!』という小説(1936年刊)があるが、これは聖書の物語の翻案ではない。
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譜例19
【528-532・576-582】| rasch:速く/ langsamer werdend:次第に遅くなって/ 2 Take später:2小節後
イングリッシュ・ホルンの「sehr langsam[かなりゆっくりと]」の主題譜例18が再び奏され、それがゴロの主題(譜例5)に、そして独奏でメリザンドのそれ(譜例3)に合流する。
メリザンドの死の部屋
【541-565・59-61
(譜例20)
譜例20
【541-546・591-6】| Das Sterbegemach Melisandes:メリザンドの死の部屋/ In gehender Bewegung:歩く動きで/ (Choral hervortretend):(コラールを目立たせて)
……部屋は徐々に城のメイドでいっぱいになった。
「……そんな大声で話すな……彼女は眠りかけておる……」
【第5幕第2場】
トランペットとトロンボーンのコラールに対し、独奏ヴァイオリンのメリザンドの愛の目覚めの主題(譜例8)が、この全音階和声で作られた楽章の終盤で鳴り響く[加えてピッコロのパッセージに溶け込まされた譜例3の主題も]。それに、もう一度上記主題(譜例20)の初めの2小節と、プラガル終止的な変ロ音上の長い静止が続く。
……その瞬間、部屋の背景だったすべてのメイドが突然ひざまずく。
祖父:どうしたのだ?
医師(ベッドに行き、触診する):彼女たちは正しい……
(長い沈黙)
【第5幕第2場】
エピローグ
【566-646・62-69
これもまた、交響曲の最初の三つの部分の主題をもたらし、従って「死の部屋の場面」の前に導入された再現部の続きを形成する。その形式は三つの部分から成る。
1. ニ短調での幅広い主要主題譜例5であるが、下降するバスを伴い、異なるやり方で継続され、高揚させられる:
2. 次のような展開部的モデルから成る緩やかな中間部:譜例1、3(メリザンド)、7Ⅰ(ペレアス)。スケルツォ開始部(譜例10)、ペレアス(7Ⅰ)、メリザンド(譜例8と3)。アダージョ主題は、まず木管によって、次に弦楽器によってもたらされる。
3. エピローグ第1部の繰り返し:ゴロの主要主題の最後の繰り返し。ここでもまた、まったく異なる和声付けと主題的な展開がなされ、さらに大きな高揚を伴う。
「……恐ろしいことだが、ゴロのせいではない……」
【第5幕第2場】
「運命の動機」が譜例6の和声で、ただしそれに対する第二の対位法的声部なしで、鳴り響く。最初は木管で、次に弱音器付きの金管で、である。ゴロの主題が再び交替し──毎回短くなってゆく──、それはその元の動機の形(譜例4a)へとずっと退縮を続け、そして音程とリズムを自ら放棄することにより、終結のニ短調和音の、その最小の構成要素──へと──帰結する。
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‡訳注──1.【566-582・62-63】、
2.【583-606・64-666】、
3.【607-646・667-69】。
ここの「三つの部分」の範囲の特定は、この下の長い方の主題分析も参考にした。

シェーンベルク《ペレアスとメリザンド》作品5 主題分析

アルバン・ベルク
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‡訳注──現行の本書(UE31412)は、ベルクの後年の書き込みを校訂者の注釈付きで脚注に入れている(一部は本文中に組み込んでいる)。せっかくなのでそれらもできるだけ取り入れてみた。それらは「⁑増補注」とし、ベルクが書いた部分は「「……」という書き込みあり」などとしてカギ括弧「……」で示すか、あるいは、そのポイントから後がすべてベルクの手になる場合は〈以下ベルク〉と入れておいた。
また、譜例が複数譜表・複数段になる場合、底本では〈⁒〉マーク(商業用マイナス記号)を使ってどの五線どうしが繋がるのかを示しているが、このマークは、楽譜で使われた場合は「小節繰り返し」を表すのであって、それ以外の意味で使われると非常に紛らわしいため、『グレの歌ガイド』のときはそのままにしたけれど、今回は譜例6を除きすべて〈⁂〉マーク(アステリズム)に変えてある。譜例6ではこのマークは不要と見て、変更ではなく削除した。
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この交響詩は1902年から1903年の間、すなわち六重奏曲《浄夜》と《グレの歌》の1~2年後、第1弦楽四重奏曲作品7・管弦楽歌曲作品8・室内交響曲作品9の2~3年前に成立した。これは──その時期のシェーンベルクのすべての室内楽および交響楽的作品と同様に──単一楽章からできている。また、第1弦楽四重奏曲や六重奏曲とは、調性──ニ短調──も共有している。最後に、──六重奏曲と同じく──文学作品にその基礎を置いている。そちらはリヒャルト・デーメルの『女と世界』からの詩
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
私は身震いしながら体を委ね
見知らぬ男に抱かれたのです、
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
であり、こちらはメーテルランクの戯曲である。
シェーンベルクの音楽──この戯曲の理念と内面的な出来事によって支えられている──は、その外側の筋書きを非常に大まかにしか描写していない。本作はまったく説明的ではないのである*。絶対音楽の交響的形式は常に保たれている。この曲の四つの主要部分には、交響曲の四つの楽章が明確に検出され得る。すなわち、最初の大きなソナタ楽章、三つの短いエピソードから成る、要するに「三部形式」の第2楽章(少なくとも一つの場面でスケルツォ的な性格をほのめかしている)、ゆったりと引き延ばされたアダージョ、そして最後に自由な再現部として構築されたフィナーレ、である。それにもかかわらず、そのような純粋な音楽形式がメーテルランクの戯曲といかに合致しているか、またその中でその文学作品の少数の場面がいかに描写されているかは、以下の分析が示している。
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* それにもかかわらず、テーマ分析において個々の主題と動機に名前が与えられているとすれば──運命の動機、メリザンドの愛の目覚め、ゴロの疑惑と嫉妬などのように──、それはただより迅速な意志疎通とより容易な情報提供を目的として行われたにすぎない。それを材料として、そのようにラベル付けされた主題の出現にとって、その文学的内容だけが実際に決定的なのだと推論してはならない。加えて、ここで選ばれた名称も、たいていは付随的なものでしかなく、いずれにしても実際の感情的内容を完全に網羅するわけでは決してないのである。
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オーケストラの
メンバー
1 ピッコロ(Picc、kl.Fl.)*
3 フルート(Fl., gr.Fl.)
(第3奏者は第2ピッコロとしても)
3 オーボエ(Ob.)
(第3奏者は第2イングリッシュ・ホルンとしても)
1 イングリッシュ・ホルン(E.H.)
1 変ホ調クラリネット(Es-Kl.)
3 クラリネット、イ調および変ロ調(Kl.)
(第3奏者は第2バス・クラリネットとしても)
1 バス・クラリネット(Bß.-Kl.)
3 ファゴット(Fag.)
1 コントラファゴット(Kfg.)
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8 ホルン(Hr., Hrn.)
4 トランペット(Trp.)
1 アルト・トロンボーン
4 テナー・バス・トロンボーン
左向き中括弧
(Pos.)
1 コントラバス・チューバ(Kbs.-Tb.)
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2組のティンパニ(Pk.)
1 トライアングル
1 合わせシンバル
1 大太鼓(gr.Tr.)
1 大きな中太鼓
1 タムタム
1 グロッケンシュピール
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2 ハープ
16 第1ヴァイオリン
16 第2ヴァイオリン
左向き中括弧
(Gg., Ggn.)
12 ヴィオラ(Br.)
12 チェロ(Vcl.)
8 コントラバス(Kbs.)
左向き中括弧
(Bässe)
(演奏時間約45分間)
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* 括弧内に引かれている略語は、分析の譜例で使われている楽器の記号に対応している。
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交響曲第1部
は、その形式がほぼ「ソナタの第1楽章」に相当する。詳細は以下のようである。
序奏(森の中)
【0-43・冒頭-4
「……誰かが泣いている……おお、おお、あそこの泉のほとりに何があるのか?……小さな娘が泣いている……」
【第1幕第2場】
譜例1・2
【スコア冒頭・練習番号なし】| Die ♪ ein wenig bewegt:少し活発な8分音符で/ Schicksalsmotiv:運命の動機
「彼女が何歳なのかも、どこから来たのかも分からない……金の冠は頭から滑り落ち、湖の底に沈んでいた。すっかり王女のような服を着てもいたが、その衣服は茨で引き裂かれていた……」
【第1幕第3場】
メリザンド
譜例3
【11-13・1(-1)-2】| Ein wenig bewegter:少し活発に/ sehr ausdrucksvoll:かなり表情豊かに
この主題は──譜例1と2から形成された12/8の動機*が短く高まった後、最初はそれらと結びついて⁑、その後は3~5声のカノン風声部参入†において現れ、ついには次の主題と結びつく。
ゴロ
譜例4
【27-29・3(-1)-2】| weich, aber bestimmt hervortretend:柔らかく、しかしはっきり聞こえるように
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* 独特な多声部の半音階的縁取り。
例えば、
特徴的な響き
譜例4-1
⁑増補注「最初はそれらと結びついて」──〈以下ベルク〉譜例5bも参照。
†訳注「3~5声のカノン風声部参入」──【20・2あたりから。
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ゴロはかつて自分のことをこう言った。
「私は血と鉄で作られた」
そして、彼の年老いた祖父であるアルモンド王は、この言葉でその特徴を評した。
「あれは、もう若者ではなくなって久しい……。いつもとても物分かりがよくて、真面目でしっかりして……」
狩りの途中で道に迷い、泉のほとりでメリザンドを見つけた。
「(彼は彼女に近づき、肩に触れる)なぜ泣いている?
(メリザンドは驚いて立ち上がって逃げようとする)触らないでさもないと水に飛び込みます!……」
【第2幕第2場】
【第1幕第3場】
【第1幕第2場】
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‡訳注──この部分は完全な原文引用ではなく、途中に説明文を挟みながらの飛び飛びの引用となっている。「血と鉄」云々は第2幕第2場のセリフ。アルケルの「あれは、もう若者では……」とジュヌヴィエーヴの「いつもとても物分かりが……」が組み合わされている部分は第1幕第3場。メリザンドとゴロのやりとりは第1幕第2場である。よって、ここでは逆順に引用されている。
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譜例5
【38-43・4(-1)-4】| Heftig:激しく、性急に/ Holz.:木管/ folgt nach einem Takt Bsp.6:1小節後、譜例6に続く
この例は、木管楽器のパッセージに変形されたメリザンドの主題を示している。分析の過程で──少なくとも一つの主題についてそれを説明するために──この主題の極めて重要な変奏群が挙げられることになる。この目的のため、次の譜例を比較されたい。7a、8、9、11、13、15、16、17、19、20、(25、)26、27、28、33、34、(37、)40、43、44、45、および1の6小節目、この主題(譜例5)の引き延ばされた形も。
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⁑増補注──「7a」は後に鉛筆で追加された。また、この下に「形態の変化に富んでいる」という書き込みあり。
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譜例5b
【17-18・16-7
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‡訳注──この譜例5bの説明がないが、これは後に補われたもので、上の増補注「最初はそれらと結びついて」を受けている。最初の半音下降、その後の増5度跳躍下降、オーボエ属の楽器による吹奏などから、メリザンド主題の変奏であることはすぐ分かる。これはまだ森の中の場面で、メリザンドの主題が最初に現れたすぐ後で聞こえていた。
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主要主題
【44-74・5-7
ゴロはメリザンドを、王である彼の祖父の陰鬱な城に連れて行き、彼女を妻にする。
【第1幕第3場】
譜例6
【44-47・51-4】| Sehr warm, in breiter Bewegung:とても温かく、大らかな動きで
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‡訳注──譜例6は、底本ではページが分かれるためか、上の段の最後と下の段の最初に五線の繋がりを示す〈⁒〉記号が付されているが、ここでは不要と見て省いた。
⁑増補注──譜例6には「この譜例の狭く密集し飽和した〈?〉楽節。三連符!(どこから譜例1?)」という書き込みあり。また、底本では最初の楽器名に「6 Hrn.u.Str.」と数字の「6」が入っているという。ホルンは8本あり、この部分ではその全員が参加するため、全集校訂者は誤りと見て削除したようだが、譜例6の最初の2小節には3番と4番のホルンは参加しないので、「6」はあってもよいように思う。
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これまではただライトモチーフ的にもたらされていただけのゴロの主題(譜例4と5)は、ここでは交響曲の楽節形式で現れる。この主要楽節が展開部や再現部に戻ってくると、──和声、旋律的展開、建築的構造等については──その都度異なる形を取り(譜例16、39、42参照)、また毎回異なるテンポで現れる(譜例16は譜例6よりもずっとゆったりとしており、39では再びかなり動きを持ち(ほとんど荒々しいまでに活発)、譜例42ではまたゆったりする(6よりも緩いが16よりも動きがある)[47は完全に遅い?])のだが、3連符から成る継続部分(3小節目)は常に保たれ、それは交響曲のこの先の経過の中で独立したライトモチーフとして──ほぼ
結婚指輪、婚姻の絆
譜例7
の意味となる。
ゴロ:あの指輪よりも、私が持っているすべてを諦める方がましだ。そなたはあれが意味するものを知らぬ。そなたはあれにどんな由来があるのか知らぬのだ」
【第2幕第3場】
この前楽節の頂点:
譜例7a
【53-54・510-11
「高揚」が、これらのゴロの主題(譜例4-7)とメリザンドのそれとのさまざまな結合をもたらす。⁑
譜例8
【54-56・6(-1)-2
譜例9
【61・67】| steigend:音量を増して/ Band der Ehe (Bsp.7):婚姻の絆(譜例7)
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⁑増補注「「高揚」が、これらの……」──この文の上方に「イ長調での」の書き込みあり。
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また別の組み合わせももたらし、いくつかのリタルダンドとディミュニエンドの小節*の後、ついには
経過部
【75-88・8
に至る。
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* 7の4小節後の「ズビトピアノ」(および86におけるその3小節の繰り返し)。このうちの前者は、和声的にも新しい(ヴァーグナーはどこにいる?)。
‡原注への訳注──「ズビトピアノ」は、スコアにそのように書かれているわけではない。第66小節のフォルティッシモ&クレッシェンドが第67小節で急にピアノになる箇所、また第79小節のフォルティッシシモが第80小節で急にピアニッシモになる箇所などを指している。「和声的にも新しい」というのは、訳者にはどうもピンとこないのだが、そのピアノになってからの3小節間の2~3小節目の和声進行を指して言っているのか?(1小節目はほぼイ長調主和音)。この下の譜例11なら、明らかに四度を積み重ねた和音なので確かに新しい和声だと分かるのだが。
もう一つ。ベルクの書き込みには、このような「ヴァーグナーには似ていない」という内容のものが、この後にも何度か出てくる。ベルクが旧稿への書き込みをしていた当時、本作が「ヴァーグナー的である」ということが巷間で言われていたのだろうかベルクは、この曲の和声・リズム・形式・オーケストレーションのいずれもヴァーグナーに似ていないと書いているが、少なくともライトモチーフ的な手法を使っている点ではヴァーグナーに似ていると言える。
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譜例10
【74-76・8(-1)-2】| Schicksalsmotiv (Bsp.2):運命の動機(譜例2)/ Band der Ehe (Bsp.7):婚姻の絆(譜例7)
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⁑増補注──譜例10の左下に「Pauke.(ティンパニ)」の書き込みあり。
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この後、バスにゴロの主題(譜例4)が、ヴィオラ(独奏)、イングリッシュ・ホルン、ファゴット、バス・クラリネットにメリザンドの主題(譜例3)が続くが、その後の方の2回、次の譜例の*印は、両方とも四度和音上である(1902年で!)。
譜例11
【85-86・811-12
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‡訳注──ゴロの主題:バス【80・86】、メリザンドの主題:ヴィオラ(独奏)【83・89】、イングリッシュ・ホルン【84・810】、ファゴット【85・811】、バス・クラリネット【86・812】。ここはシェーンベルクの『和声学』(1911)の「XXI 4度で構成された和音」に譜例330として引用されており、こういう和音を書いたのは、自分が知る限りこの交響詩が初めてであると書いている。
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副主題
【89-119・9-123
城で、メリザンドはゴロの若い異父弟と知り合う。
【第1幕第3場と第4場の間】
ペレアス
譜例12
ペレアス第Ⅱ主題
譜例13
譜例12 + 13【89-97・9-101】| Lebhaft:活発に/ etwas zurückhaltend:ややためらって/ folgt Bsp.13:譜例13に続く/ Schcksalsharmonien:運命の和声
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⁑増補注──譜例12に
「ホ長調の和声付け
譜例12-1
を検討しようヴァーグナーの和声はどこにある!?この先もそうだ!」
の書き込みあり。Vorhalt! は「掛留音!」の意。ただし、これはドイツ風の名称で、この例の場合は一般の和声学で言うところの「倚音」である。拙訳《グレの歌大ガイド》の訳注「掛留音」も参照。
‡増補注への訳注──正直、訳者にはこの部分の和声がそんなに革新的なものとは思えない。この程度なら、ヴァーグナーどころかバロックの作曲家でも書きそうな気がするのだが……。ここの和声は、掛留音(というか倚音)のため最初はホ長調下属和音と主和音が同時に鳴るように見えるのだが、それはホ長調のⅣの長七長九の和音(Amaj9)とも見られ、それが属七の和音第3転回形(B7/A)を経て主和音の第1転回形(E/G♯)に定石どおりに進行した、という、よくありそうな進行にすぎないのではなかろうか。ペレアスの主題の1小節目は属音と主音(ホ長調のロ音とホ音)しか出てこないので、それを考えれば面白い和声付けであるとは言える。しかし、この程度の変化球は、バロック以降の作曲家なら誰でも使いそうな気がする。上の「ズビトピアノ」の原注にもピンとこなかったが、これらの和声に対するベルクの意図がお分かりになる方は、どうかご教授を。
⁑増補注──譜例13に「この二重主題特有の構造:3、2、5小節 = 9小節」の書き入れあり。計算が合わないが、正しくは譜例に見るとおり「3、2、4小節 = 9小節」である。
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ここから発展する高揚⁑の後、メリザンドペレアスの主題は、
結尾部
【120-136・124-13
での
メリザンドの愛の目覚め
譜例14
【124-127・128-11】| sehr ausdrucksvoll:かなり表情豊かに
の追加のもと、再び「langsamer[よりゆっくりと]」、いわば対話体で奏される。⁑
────────
⁑増補注「高揚」──〈以下ベルク〉いくつかの楽節入りの最初にメリザンドの動機が来るように、ペレアスⅠも同様である。これに対する対旋律、譜例13a
譜例13-1
どこから検討する? †
その後の、譜例13b
譜例13-2
11の美しさに注目。
総じて:10から113†は、ペレアスの主題Ⅰ-Ⅱ(譜例12 + 13)に対応し、大幅に拡張・充実させるだけだが、同じように三つのグループから形成されている。6小節のペレアスⅠ(+ 譜例13a)──譜例13bの中間部分5小節──3ないし5小節のペレアスⅡ = 14(16)小節。
†増補注への訳注「どこから検討する?」──原文「Untersuchen woher?」。この文だけ浮いているような気がするが、ママとした。
†増補注への訳注113──ここは114ではなかろうか。この文章で、例えば1と書いてあった場合は「練習番号1の1小節目」、13なら「練習番号1の3小節目」の意味だろうと思われる。これは《グレの歌》のスコアおよびガイドのカウント方法とは異なる。そちらでは前者は「第10小節」、後者は「第13小節」の意味であった。
⁑増補注「メリザンドとペレアスの主題は……対話体で奏される」──「langsamer[よりゆっくりと]」は 【113・117 から。「対話体で」の下に「展開部的に」、「メリザンド」の下に「(1も)」と書き入れ。後者は、「冒頭の森の場面でも同じように、譜例1の動機とメリザンドの主題が対話体のように結びついていた」という意図だろう。
⁑増補注──譜例14に「愛の目覚めとペレアスⅠの結合は特徴的(例えば44の4小節前)だが、かなり頻繁にそうなる、いや、ことによるといつもかも。例えば65という書き込みあり。44の4小節前)」は、この両主題は休符から始まっており、最初の小節をアウフタクト(= 第0小節)と見た場合の数え方であろう。そのアウフタクト小節が始まるのは5小節前である。
────────
オーボエとバス・クラリネットがメリザンドの主題を、次のようにペレアス主題(譜例12)の付点リズムを取り入れた形でもたらす。
譜例15
【133-134・134-5
────────
‡訳注──譜例15は、オーボエの旋律のオクターヴ下をバスクラも吹奏する。2小節目の和音はイングリッシュ・ホルンと3本のA管クラリネットが担当するが、最低音は譜例のようなハ→変二ではなく、そのオクターヴ下の変ホ→変二である。第3クラリネットはA管の最低音を吹くことになるので、ここはB管では演奏できない。なお、この最後の変二音上の七の和音は、この後2小節間、ほかの木管、ホルン、弦などが参加して保たれる。
────────
この変ニ音上の七の和音で、短い
主要主題の再現部
【137-147・14
が始まる。
譜例16
【136-141・14
────────
⁑増補注──譜例16に「後節の1410・11等の美しさへの注意を促す」の書き入れあり。リタルダンドがかかる第146小節と第147小節であるが、そこ、そんなに美しいか?
────────
これと同様に暗示的なのは、数小節後に続く、同じようにかなり短い
第2部への
展開部的な移行部
【148-160・15
である。
これは──やはりそれとなくにすぎないが──ペレアスの主題Ⅰと譜例14(メリザンドの愛の目覚め)のほかに、次のメリザンドの動機の新しい形をもたらす。
譜例17
【148-150・151-3】| Ein wenig bewegter:少し活発に
これはその直後の、ヴァイオリンの16分音符の動きの「高揚」に影響を与えずにはおかない。
譜例18 譜例19
そして
譜例20
譜例18:【152-153・155-6】| 譜例19:【157・1510】| 譜例20:【159・1512】| zart:柔らかく繊細に/ folgt im nachsten Takt : Bsp.21:次の小節、譜例21に続く
────────
⁑増補注──譜例18の直前に参照マークとともに、151-4155-6間等の(現代的な〈?〉)音色の相違への指示」という書き込みあり。両箇所とも特に何の変哲もないオーケストレーションのように見えるが、これは何を言いたいのか?
────────
交響曲第2部
庭園の噴泉の場面
【161-243・16-24
ペレアス:何と遊んでいるのです?
メリザンド:指輪と。あの人が私にくれた……
【第2幕第1場】
譜例21
【160-169・16(-1)-9】| Sehr rasch:非常に速く/ Hochzeitsring:結婚指輪/ Der Hochzeitsring (Band der Ehe)(Bsp.7):結婚指輪(婚姻の絆)(譜例7)
このスケルツォ的な楽章は、上の譜例で下角括弧で括られた動機と主題(譜例7と譜例13)から形成される。2小節のリタルダンドは、スケルツォの流れを頻繁に遮り、その中断[最初の2回]がヴァイオリンの主題(ペレアスⅡ)を大いに助力すること、またその主題がリタルダンドの1小節前では幅広い8分音符で際立ち、この9小節の終結に向かって旋律的な主導権を握ることなどから、非常に重要で、ほとんど主題のようなものであると言える。さらなる展開にとって、
譜例22
【178-181・17(-1)-3】| Hochzeitsring (Bsp.7):結婚指輪(譜例7)
の、⁑トロンボーンによる歪められたゴロの主題のほか、
────────
⁑増補注──「トロンボーンによる」の前に
「特に
譜例22-1
と」
の書き込みあり。「s. Bsp. 22」「oder ähnlich」は、それぞれ「譜例22参照」「または似たような」の意。
────────
譜例14からの既知の音型
譜例23
【196・191】| vgl.Bsp.21:譜例21参照
は重要である。その2/8のリズム†は、(rasch anschwellend und beschleunigend[急速に強く、また加速して])ゴロの乗馬、指輪が泉に落ちるその瞬間、同時に落馬するところ†を描写している。
譜例24
【214-216・221-3
────────
†訳注「その2/8のリズム」──譜例23の前半の2拍が2/8拍子のように畳みかけられてゆくのは、【199・193のあたりから。なお、練習番号19の直前では、上で触れられていた「主題のような」リタルダンドがまたしてもかかるので、19には「rasch anschwellend und beschleunigend[急速に強く、また加速して]」をもう一度書くか、あるいは「a tempo」を指定するか、さもなければリタルダンドに範囲を示す点線を付けておくべきであるのに、スコアではいずれも抜けてしまっている。まあどこでテンポを戻せばよいのかは一目瞭然なのであえて書かなかったのかもしれないけれど、それでも「a tempo」くらいは書いておくべきだった。……英訳では、2/8のリズムの箇所を第187-9、193-5小節としている。それらも確かに2/8の脈動になっているけれども、ここでは譜例23を問題にしているのだから、やはり第199小節以降を指していると見るべきだろう。
†訳注「ゴロの乗馬、指輪が泉に落ちるその瞬間、同時に落馬するところ」──原作では【第2幕第1場】と【同第2場】に書かれており、どちらも正午に同時に起こったことが知られる。
────────
「langsamem[ゆっくりと]」と「heftigen[激しく性急に]」のテンポの間を揺れ動く、短い
後奏曲
【217-243・224-24
は、さまざまな組み合わせをもたらす⁑。フルートによるメリザンドの主題、ヴァイオリンによるゴロ、イングリッシュ・ホルンによる歪められた婚姻の絆─(指輪─)の動機(譜例7)。これに
────────
⁑増補注「さまざまな組み合わせをもたらす」──〈以下ベルク〉224-923参照。ドラマの場面では、メリザンド─ゴロの対話である。ゴロの警告、疑惑と非難、メリザンドの必死の諫止(彼女の主題は、最初で唯一の粗野なオーケストレーションとなる):
譜例25-1
‡訳注──すぐ上の譜例の最後の「dito[同上]」は、最初に書かれているメリザンドの主題が反復されるという意味。このあたりは、原作では【第2幕第2場】であろう。落馬後のゴロとメリザンドの対話シーンで、メリザンドが指輪をなくしたことに気づいたゴロが彼女を責め、もう夜だというのにペレアスと一緒に探してこいと彼女に命令する。ただ、交響詩では(というかベルクのこの解説では)次は城の塔、有名なメリザンドの髪の場面となるので、ペレアスとメリザンドが洞窟に指輪を探しに行くシーン(【第2幕第3場】、実際は庭園の噴泉に落としたのだから見つかるはずはない)は省略されているようだ。
‡訳注──フルートによるメリザンド主題とヴァイオリンによるゴロ主題は【218・225】、イングリッシュ・ホルンによる歪められた婚姻の絆─(指輪─)の動機(譜例7)は【219-220・226-7】。
────────
ゴロの疑惑と嫉妬
譜例25
【223-224・231-2
を描く主題が、さらには(「heftig[激しく]」)メリザンドの愛の目覚め(譜例14)、ペレアスおよびメリザンド(譜例12、3)の組み合わせが、
「wieder langsam[再びゆっくりと]」ゴロの疑惑(譜例25)が運命の動機(譜例2)と同時に、そして最後には
またしても「heftig[激しく]」、これらすべての主題が、ホルンのペレアスの主題Ⅰ(譜例12)、弱音器付きトランペットの運命の動機(譜例2)⁑、ヴァイオリンのゴロの落馬(譜例24)と結合されて続く。
────────
‡訳注──この文の途中に入っている改行は、底本のママである。箇条書きに近い記載方法にしたかったのだろうか上記の最初「メリザンドの愛の目覚め」はスコアでは【225・225に現れ、以下最後の「ゴロの落馬」【234-236・243-5まで、それぞれの主題・動機はほぼ連続で現れる。
⁑増補注「運命の動機(譜例2)」──この後に参照記号を付け、「2回のストレッタでの入り(弱音器付きホルン、オーボエ、鋭く!)」という書き込みあり。スコアの位置は【230-231・238-9】。……ここは本文も増補注も微妙に間違っているので注意。ここでの実際の「運命の動機」は、①第3ファゴットとコントラファゴット、②弱音器付き第4トランペット、③第1~3オーボエが担当し、この順でストレッタで入ってくる。「scharf[鋭く]」は、トランペットとオーボエのパートに書き込まれている。なお、その前の、「ゴロの疑惑」と重なる「運命の動機」の方は、ストレッタではなく2回連続で演奏される(【226-228・234-6】)。担当楽器は第3ファゴットとコントラファゴットで、2回目には第3・第4ホルンも加わる。
────────
ディミュニエンドとともに、その下降主題とその旋律的支脈はホ音上の静止点に到達し、そこから下の和声的・音響的に興味深い和声的連結が次の場面へと移行させる。
譜例26
【239-243・248-12】| Dreiklang:三和音/ 7-Akkord:七の和音/ 9-Akkord in der Grundlage:基本位置の九の和音/ 9-Akkord in einer Umkehrung:転回形の九の和音
────────
‡訳注──譜例26は、最後の25でイ長調に転調したように書かれているが、実際はスケルツォの開始から、すなわち【161・16から、調号はずっとイ長調である。最後のフェルマータの和音は、基音・嬰ハの短九の和音第1転回形(C♯7(-9)/E♯)。ちなみに、25の和音はE7→B/F♯と続く。
────────
城の塔
【244-282・25-305
メリザンド:(窓辺で、ほどいた髪を梳き、歌う)。
ペレアス:(その窓の下方で)おお、これは何です?──あなたの髪が私の所に落ちてくるあなたの髪が全部、私の上に流れ落ちてきます……私はそれを手でつかむ。私はそれに口で届かせる……私のキスがあなたの髪を伝って滑るのが聞こえますか……」
【第3幕第2場】
譜例27
【248-249・261-2】| Sehr Langsam:かなりゆっくりと/ Melisandens Liebeserwachen:メリザンドの愛の目覚め
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⁑増補注──譜例27に「音の中断(中央の弦のみ)26426527の2小節」という書き込み、その少し下に27の2小節前の和声付けを見よ!」という書き込みあり。
‡増補注への訳注──上の増補注の書き込みはどうにも分かりにくいが、「中央の弦のみ」というのは、譜例27の4段目の独奏弦楽器群を指しているのか5段ある楽譜の4段目は中央ではないが、上の3段は小さな五線なので、それらをまとめて1段と数えれば中央になる。ここに挙げられている4小節は、弦楽器以外が突然休止する(264は最初の2拍だけ休止)。27の2小節前の和声付け」の方は、ベルクが何を強調したいのか、例によって訳者にはよく分からない。その2小節は、対位法による偶成的な和音を除けば、骨格は「Cm7(-5)→C7」のように見えるのだが、これは特に斬新な進行とは言えないだろう。
‡訳注──もう一つ、底本(UE31412)には「弱音器付きのチェロとコントラバス(下段)は91ページの注1を見よ」という校訂者による脚注が付いている。ところが、底本は24ページまでしかなく、91ページは存在しないのである。これは底本の元になったベルク全集の脚注をそのまま掲載してしまったもので、全集のそのページには、上の『簡単な主題分析』の譜例13の訳注で触れた内容(1911年手書き初版スコアと1920年譜刻改訂版スコアの違い)が簡潔に書かれている。
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ゴロの介入とともに、再び彼の主題群、譜例4、譜例7(婚姻の絆)、譜例25(疑惑と嫉妬)が、まず「nach und nach beschleunigend[徐々に加速して]」、次にメリザンドの主題(ピッコロで目立って)とともに、「sehr rasch, heftig[非常に速く、激しく]」3/4拍子で現れる。
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‡訳注──「nach und nach beschleunigend[徐々に加速して](Etwas bewegter[やや活発に])」の指示とゴロの主題群は【259・275で現れる。
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譜例28
【264-265・281-2】| Eheband (Bsp.7):婚姻の絆(譜例7)/ Golo und ... Verdacht (Bsp.25):ゴロおよび……疑惑(譜例25)
特に疑惑の動機を用いて高揚し、それを用いたクライマックスにも到達する。弦楽器(ペレアスの主題Ⅰ)の激しい流れと、譜例12からの和声進行が結びついた運命の動機(譜例2)が、この場面を締めくくる。
譜例29
【277-282・2910-305】| Golos Verdacht (Bsp.25):ゴロの疑惑/ Shicksalsharmonien (Bsp.12):運命の和声/ Shicksalsmotiv (Bsp.2):運命の動機/ folgt Bsp.30:譜例30に続く
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⁑増補注──譜例29への書き込み。〈以下ベルク〉
本来は4/4:
譜例29-1
‡訳注──上の譜例の4小節目(303)の指示は省略されている。実際は「1.Viertel zurückhaltend 2.u. 3.Vietel sehr rasch u. heftig[最初の4分音符(= 1拍目)は抑制して、2・3番目の4分音符(= 2拍目3拍目)は速くかつ激しく]」という長い指示が、1小節に詰め込むように書かれている。なるほど、この指示と1拍目のrit.を見ると、ベルクの「本来は4/4」という指摘も納得できる。
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城の地下洞窟の場面
【283-301・306-32
ゴロ:(ペレアスに)この洞窟から我らに向かって吹いてくる死の息吹を感じるか……。切り立った岩の先端まで行って、その断崖の上で少し身を乗り出してみるがいい。
ペレアス:まるで墓からの臭気です───
ゴロ:……屈んでみろ。恐れることはない……私がつかんでやる……よこせ……違う違う、手ではない……腕だ……(動揺して)底が見えるか?……
ペレアス:ここでは息が詰まります……もう行きましょう……。
ゴロ:(震える声で)そうだな、行こう……」
【第3幕第3場】
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‡訳注──ここは、この交響詩ではどうやら省略されたらしい第2幕第3場の「海辺の洞窟」とは場所が異なる。指輪は海辺の洞窟でなくしたのだと嘘をついたメリザンドが、すぐに探しに行けとゴロに命令され、やむを得ず夜だというのにペレアスとともにそこを訪れる。洞窟内の岩陰に三人の乞食が眠っているのを見て、二人は逃げるようにそこを去る。というわけで、あちらはペレアスとメリザンドが、こちらはゴロとペレアスが登場する(どちらの洞窟も、行ったのは「ゴロとメリザンドのカップリングではない」ので注意)。
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譜例30
【282-284・305-7】| Sehr langsam, gedehnt:かなりゆっくりと、引き延ばして/ Fl.(Flatterzunge):フルート(フラッタータンギング/ am Steg:駒の上で(スル・ポンティチェロ)/ gr.Tr.:バスドラム、大太鼓/ Schicksalsmotiv:運命の動機
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⁑増補注──譜例の3段目への参照指示とともに「主声部!」という書き込みあり。まあ3段目が主声部なのは一目瞭然なのだが。
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この場面を描いた音楽の中で、次の主題が再び登場する。ペレアス(譜例12)を伴う婚姻の絆(譜例7)。ゴロメリザンドの愛の目覚め(譜例14)を伴うメリザンド
譜例31
【287-288・311-2】| Melisandens Liebeserwachen:メリザンドの愛の目覚め/ Band der Ehe:婚姻の絆/ Becken m.d. Schlägel:シンバル、ビーター(撥)で/ folgt eine Wiederholung von Bsp.30.:譜例30の繰り返しへ続く。
3小節後:[次の譜例の*において]経過的に現れる全音階和音(1902年!)。
譜例32
【291・315
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‡訳注──*印の二つの和音は、全音音階が6音すべて同時に鳴っている。ここは、すべての声部が半音移行なので、増三和音(*印以外の二つの和音はごく普通の増三和音である)を使用する過程での偶成的な和音である可能性も十分にあるが、シェーンベルクのことだから狙って現出させたのだろう。これは《浄夜》の、例の九の和音第4転回形のやり方とよく似ている。拙訳『グレの歌大ガイド』の訳注「九の和音の禁じられた(!)転回形」も参照。
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最後に、譜例10を彷彿とさせるような、上下にうねる弦楽器のパッセージが結合に加わる。
この場面もまた、ゴロの疑惑(譜例25)と運命の和声(譜例12)で閉じられる。次の譜例(33)の最初の4小節を見よ。
交響曲第3部
展開部的な導入部
【302-328・33-35
(庭園の噴泉で)
【第4幕第4場】
(「Ein wenig bewegt[やや活発に]」)では、何よりもまず今述べた和声進行†を取り上げている。しかも、この譜例の次の泉の動機(34)のリズムで、である。これに加えて:譜例7(婚礼の絆)、14(メリザンドの愛の目覚め)、2(運命の動機)、13(ペレアスの主題Ⅱ)、3(メリザンド)等からの主題が、同時に対位法的に奏される。
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†訳注「今述べた和声進行」──「運命の和声」のこと。
⁑増補注──本文のそばに書き込み。〈以下ベルク〉(メリザンドは待っている?)この導入の歌曲的な形を検討しよう:特に344から355まで。先行
全体の自然の雰囲気(このリズムの滴り。ホルン、ハープ、[ピチカート])
‡増補注への訳注──この書き込みも断片的で分かりにくい。344から355まで」は、「343から354まで」ではなかろうか。
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譜例33
【298-303・325-332】| Golos Verdacht:ゴロの疑惑/ Blech.:金管楽器/ Schicksalsharmonien:運命の和声/ Ein wenig bewegt:少し活発に/ Melisandens Liebeserwachen:メリザンドの愛の目覚め/ Schicksalsmotiv:運命の動機
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⁑増補注──〈以下ベルク〉33の婚姻の絆は副声部、愛の目覚めとメリザンドの方が強い(深い意味が?)。最終的には完全に消える。
‡増補注への訳注──「最終的には完全に消える」のは、もちろん「婚姻の絆」である。現行版スコアでは、メリザンドの主題を吹くフルートには「zurücktretend[後ろに下がって]」と書いてあるのだが、1911年初版スコアには逆に「hervortretend[前に出て、目立って]」と書いてあり、強弱も mf と少し強い指定である。この方が、ここのベルクの増補注の記述によく合う。上の譜例のようにフルートも pp だと、婚姻の絆と音量が同じになってしまって、「メリザンドの方が強」くはなくなってしまう。
それならなぜ上の譜例のフルートは pp なのかベルクは、短いペレアス分析を1919年末に書いたらしいので、その段階では1920年譜刻改訂版(の原稿)は見ていないと思われるのだが、ここのフルートの pp 指定は1920年譜刻改訂版と同じなのである。となると、彼が1920年春にペレアス分析改訂増補版を執筆していたときには、新しい譜刻スコアを参照したのではないかと考えたくもなる。しかし、1920年譜刻改訂版は11月に出たらしいので、おそらくベルクが改訂増補版を書き終えてからである。さてそうなると、譜例の pp はどこから出てきたのだろうか?……もしかして底本(UE31412)の pp 指定が間違っているということも考えられるか?
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そしてその後は──常時上述のリズムとともに──16分音符で進むペレアスの主題Ⅰ(譜例12)の変形†が弦楽器で奏される。
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⁑増補注──〈以下ベルク〉このようなリズムの斬新さ!!!(ヴァーグナーやその楽派にはこれにほぼ似ているというものはない。)
†訳注「16分音符で進むペレアスの主題Ⅰ(譜例12)の変形」──【312・341】。実際は16分音符より32分音符の方が多い。
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それに続く泉の動機とともに
譜例34
【316-317・345-346】| vgl. den Rhythmus der Schicksalsharmonien im Bsp.33:譜例33の運命の和声のリズム参照。
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⁑増補注──譜例34について、〈以下ベルク〉リズム作者としてのシェーンベルク。探求するか、リズムを(?)
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今度は次の
ペレアスとメリザンド
との間での
別れと愛の場面
【329-460・36-49
(ほとんどアダージョ楽章のように)
が準備される。
譜例35
【328-347・36-372】| mit großen Ausdruck:大いに表情豊かに
このアダージョの主題のさまざまな旋律と動機の構成要素から、交響曲のほかの主題やライトモチーフとともに壮大な構想の楽章が形成される。これらの主題は──登場順で──次のとおりである。
まずメリザンドの愛の目覚め(譜例14)がただ伴奏として。
次に──同時に──メリザンドの主題(譜例3)とペレアスの両主題(譜例12と13)。
続いてペレアス(Ⅰ、譜例12)を伴う泉の動機(譜例34)。
最後はあらためて譜例14(メリザンドの愛の目覚め)が、ペレアスの主題Ⅰ(譜例12)とともに。
これらはすべて──前述のように──大きなアダージョ楽章の枠組みの中にある。
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⁑増補注──この本文に書き込み。〈以下ベルク〉371-4 = 介入、ほぼ中間部分。372、3の不協和音!!経過音?374
‡増補注への訳注──このベルクの書き込みにも、訳者はどうもピンとこない。そもそも、373371とほぼ同じ内容なのだから、371、2ならまだしも、372、3という切り取り方は不自然な気がする。374も、372とだいたい同じだし。「不協和音!!」にしても、譜例35で見ると確かに短2度や短9度がよく鳴っているけれども、エクスクラメーションマークで強調するほどのことはないのでは?
‡訳注──メリザンドの愛の目覚めは【355・38】から、メリザンドの主題とペレアスの両主題は【384・42から(ペレアスⅡが分かりにくいが、ハープ?)、ペレアスⅠを伴う泉の動機は【390・43から、メリザンドの愛の目覚めとペレアスの主題Ⅰは【397・438から。
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ゴロは恋人たちの会話を盗み聞きする(彼の動機・譜例4aは、メリザンド(譜例3)の性急なピッコロの叫びに対し、バスに現れる)。
メリザンド:ああ彼が木の後ろにいます……彼は全部見ていたのです。
ペレアス:来ます彼が来ます!……口を!……あなたの口を……
(二人は狂おしい情熱のうちに抱き合う)」
【第4幕第4場】
譜例35の構成要素から形成されたアダージョ──非常に大きな高揚が作られてゆく──が続く。さらに:譜例14(メリザンドの愛の目覚め)が全オーケストラの ff のユニゾンで、そして──同時に──ペレアス、メリザンド、ゴロ(譜例4aと疑惑)の主題が現れる。
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⁑増補注──この本文に書き込み。〈以下ベルク〉475から48まで、Des上のオルゲルプンクト(わずかしかないもののうちの一つ!)。
‡増補注への訳注──実際は、変ニ音のオルゲルプンクトは48の2小節前の途中で切れる。ここでのベルクの指摘は「そう言われればそうだ!」と思った。《グレの歌》にはオルゲルプンクトがよく出てきたが、確かにこの曲にはほとんどない。
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ペレアス:おお、おお星が全部落ちてくる!
メリザンド:私にも私にも!
ペレアス:もっとたくさん、もっとたくさんくださいください!
メリザンド:すべてをすべてをすべてを!
(ゴロが剣を手にして二人を目がけて突進し、ペレアスを斬殺、彼は泉の縁に倒れる。メリザンドは恐怖に満ちて逃げる)
【第4幕第4場】
運命の動機(譜例10)が、いわば引きちぎられた婚姻の絆の動機、およびゴロ(譜例4a)の付点リズムとともに、fff で最高音に現れる。何発かのオーケストラの打撃。ホルンに消えてゆくペレアスの主題(譜例12)。弱音器付きのトロンボーンに運命の動機(譜例2)。イングリッシュ・ホルンとバス・クラリネットにメリザンドの主題(譜例3)。
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‡訳注──運命の動機・引きちぎられた婚姻の絆の動機・ゴロの付点リズムは【449-453・485-493】、ペレアスの主題は【454-457・494-7】、トロンボーンによる運命の動機は【457-8・497-8】、メリザンドの主題は【458-460・498-10】。
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交響曲第4(最終)部
では、若干の新しい主題(譜例36と37と、メリザンド臨終の部屋の場面・譜例41)のほか、これまでの主題素材のほぼすべてが再びもたらされる。
従って、ここは一方ではこの4部から成る交響曲の規則どおりのフィナーレを形成しており、また一方では単一の大きな「ソナタの最初の楽章」の自由な再現部と解釈することもできるのであって、そのためその形式がこの単一楽章の交響詩の基礎として使われている可能性があるのである。
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* ヴァーグナーに似ているものがいったいどこにあるというのか??!
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第1部導入部の再現部
【461-504・50-54
嬰ハ短調での譜例1。さらに譜例3(メリザンド)、譜例12(ペレアス)、譜例29と7(ゴロの疑惑と婚礼の絆の動機)と、あのカタストロフ後に支配的な様相を表現する二つの新しい主題。
譜例36
【462-466・502-6】| Hiezu tritt: Melisande:これに加えて進む:メリザンド/ Golo, Verdacht u.: Eheband:ゴロ、疑惑と:婚姻の絆
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⁑増補注──譜例36に書き込み。〈以下ベルク〉婚姻の絆の主題の再登場。大きなラヴシーン以後、もう登場していなかったように思われる(33)。深い意味が?!まず検討しよう!![別の似たケースも]。この主題の奇妙な、ほとんど気づかれないほどの挿入(オーボエと、譜例1の部分の流動的な旋律のただ中に)。
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そしてその様相はこのメリザンドについての老いた王の言葉でほぼ理解されるだろう。
「彼女は苦しみの中でひどく怯えておる……」
譜例37
【467-469・507-511】| Etwas langsamer:ややゆっくりと
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‡訳注──ここで新たに現れる譜例36と譜例37の主題(動機)には、名前が付けられていない。この下のシェーンベルク自身の解説でもそれは同じである(譜例37の方はかなり耳に残る印象的な旋律なのだが)。ライトモチーフ的にはこれらは何を描いているのか。譜例36は、メリザンド、ペレアス、ゴロの疑惑、婚姻の絆等の主題・動機に重ねて現れるので「死の動機」、譜例37は、譜例に示されているようにメリザンドの主題の変奏を含んでいるので、「死にかけているメリザンドの主題」といったところであろうか。a の部分は、この後の「アブサロン!」の回想場面で暴力的な高揚のための材料となるので、ゴロがつかむメリザンドの「髪」の可能性もあるかもしれない。なお、譜例37に書き込まれた「譜例21a」は、噴泉の場面(スケルツォ)で出てきた動きである。
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譜例36から作られる高揚は、まずオルゲルプンクト譜例37-1をもたらし、
初めは陰鬱な性格の特徴的な下降-上昇音型⁑譜例37-2を、次いで
譜例37-3が現れ、最後はその頂点での全オーケストラの半音階の衰退†の後、これらの主題に運命の動機(譜例2)が結びつく。急速な衰退の後にバスのレチタティーヴォが続くが、これはいくつかのほかの独立した主題群を動機的に噛み合わせる特徴的な例である。
譜例38
【501-504・5411-13】| Verdacht (Bsp. 25):疑惑(譜例25)/ folgt Bsp. 39.:譜例39に続く。
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⁑増補注──譜例37に書き込み。〈以下ベルク〉例えば515-53の楽器法は、五つの管弦楽曲と瓜二つであることは明らかだ(ヴァーグナー??!!)。
‡増補注への訳注──五つの管弦楽曲(作品16)の中でこの部分のオーケストレーションに似ているのは、第2曲であろうか。管楽器が中心で、弦に独奏があるという点が共通している。
⁑増補注「初めは陰鬱な性格の特徴的な下降-上昇音型」──原稿の「Figur(音型)」は読みにくく、削除された可能性があるという。譜例にはヘ音記号も♯も♭も付いておらず、「半音階」という書き込みあり。底本では、スコアに基づいてそれらを補っている。
†訳注「その頂点での全オーケストラの半音階の衰退」──【494・544からであろう。
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そして──全オーケストラでもたらされる──主題的、和声的、形式的に変形された
第1部主要主題の再現部
【505-514・55
となる。
譜例39
【505-509・551-5】| Etwas bewegt:やや活発に/ heftig:激しく
この5小節のゼクヴェンツに、「etwas belebter[やや活発に]」、鋭い8分音符のリズムの(譜例35)†
アダージョ主題の再現部
【515-540・56-58
が続き、ここでもまた異なるオーケストレーション、綿密な組み合わせでさまざまに変奏され(譜例6、25プラス37プラス12。譜例38参照)、新しい形を取る。
────────
⁑増補注──〈以下ベルク〉このモデルの興味深い構造:
56
(Etwas belebter やや活発に)2小節プラス1、続いて:
Etwas rascher やや速く3小節プラス1
‡訳注──鋭い8分音符のリズムの(譜例35)(アダージョ主題)は【515・56】、譜例6(ゴロの主題)は【517・563】、譜例25(ゴロの疑惑と嫉妬)と譜例37(a)は【518・564】、譜例12(ペレアスⅠ)は【521・567に出る。鋭い8分音符のリズムの(譜例35)(アダージョ主題)には、8分音符だけでなく16分音符も目立つ。
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ゴロ:私はそなたに、ひどく多くの災いを与えてしまった、メリザンド……」
かつて、嫉妬に駆られ、彼は彼女の髪をつかんだことがあった。
「私の前にひざまずけああそなたの長い髪も、一度くらいは役に立つものだ!……右へ、左へ。──アブサロンアブサロン!……」
【第5幕第2場】
【第4幕第2場】
譜例40
【528-532・576-582】| Langsamer werdend und abnehmend:より遅く、弱くなりつつ/ Holz:木管/ 2 Takte spater:2小節後
イングリッシュ・ホルンの「sehr langsam[非常にゆっくりと]」の主題(譜例37)が再び奏され、それがゴロの主題(譜例6)に、そして独奏でメリザンドのそれに合流する。
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‡訳注──イングリッシュ・ホルンの「sehr langsam[非常にゆっくりと]」の主題(譜例37)は、【534・584に現れる。
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メリザンドの死の部屋
【541-565・59-61
「(……部屋は徐々に城のメイドでいっぱいになった)……そんな大声で話すな……彼女は眠りかけておる……」
【第5幕第2場】
譜例41
【541-561・59-613】| In gehender Bewegung:歩くような動きで/ Choral hervortretend:コラール、目立って
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⁑増補注──譜例4160のあたりに書き込み。〈以下ベルク〉この和声的な印象が、60の2小節前で、それでも再び旋律的に、外側に出される(ヴァイオリンの3度の旋律)様子。この場面の歌曲的な形を検討するか?
‡訳注──ここは、コラールを担当する第1トランペットと第1トロンボーンのパートに「目立って」と書き込まれているというのに、ピッコロとフルートばかりが目立つ演奏が非常に多い。どうしてもそうなりがちなことがシェーンベルクも気になったのか、1920年譜刻版ではピッコロとフルートの音量が ppp に変更されている。
────────
トランペットとトロンボーンのコラールに対し、独奏ヴァイオリンのメリザンドの愛の目覚めの主題(譜例14)と、ピッコロのパッセージに溶け込まされた譜例3の主題が、この全音階和声で作られた楽章の終盤(練習番号61)で鳴り響く。
それに、もう一度上記譜例の初めの2小節と、プラガル終止的な変ロ音上の長い静止が続く。
────────
‡訳注──愛の目覚めと譜例3(メリザンド)は【559・611に出る(前者はその2拍前から入ってくる)。「ピッコロのパッセージに溶け込まされた」と書かれているけれど、実際はEsクラもオクターヴ下で同じパッセージを吹いている。プラガル終止的な部分は【564-565・616-7であるが、そこでは調号の変ホ短調主和音ではなく、変ロ短調主和音(ただし第3音抜きの空虚和音)でフェルマータとなっている。
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(その瞬間、部屋の背景だったすべてのメイドが突然ひざまずく)
祖父:どうしたのだ?
医師:(ベッドに行き、触診する)彼女たちは正しい……(長い沈黙)」
【第5幕第2場】
エピローグ
【566-646・62-69
これもまた、交響曲の最初の三つの部分の主題を再現し、従って「死の部屋の場面」の前に導入された「再現部」の続きを形成する。その形式は三つの部分から成る†。
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†訳注「三つの部分から成る」──
1.【566-582・62-63】、
2.【583-606・64-666】、
3.【607-646・667-69】。
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1. 上述の変ロ音上の静止に続くニ短調での主要主題であるが、下降するバスを伴う:
譜例42
【566-570・621-5】| Breit:幅広く/ Modell der Steigerung:高揚のモデル
そして、異なるやり方で継続され、高揚させられる(上の5小節目と次の譜例の初めの4小節参照)。
────────
⁑増補注──この本文に書き込み。〈以下ベルク〉5小節目で主導的な声部の金管(トランペット、トロンボーン、1-4番ホルン)の省略、7、8小節目で再び参加、その次の2小節では省略、再び徐々に参加、63でようやく再度のトゥッティとなる。
‡増補注への訳注──実際はこんなに截然とはしていない。「7小節目」では主導的声部の金管は参加せず、「8小節目」で1番ホルンが戻り、その次の「1小節」では省略、その次の小節で再び1番ホルンが入り、さらにその次で初めてトランペットもこの声部吹奏に参加する。
────────
2. 次の、展開部的な楽節から成る中間部:最初に、交響曲第1部のいくつかの主題を一緒に組み合わせることでもたらされる、練習番号64から始まるモデル:
譜例43
【579-585・63-643】| Führende Stimme der aus Bsp.42 sich entwichelnden Steigerung:譜例42から発展する高揚の主導的声部/ Langsam:ゆっくりと
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⁑増補注──譜例43に書き込み。〈以下ベルク〉譜例43はすでに63で和声的声部(?)!バス!!64の現代的な楽器法。65の2小節前:例えば弱音器付きトロンボーン。
‡増補注への訳注──この書き込みも断片的で分かりにくい。「現代的な楽器法」は訳者にはあまりピンとこないのだが……。「弱音器付きトロンボーン」とあるが、トロンボーンは64から休止であるし、その前も弱音器は付けていない。65の1小節前のホルン、トランペット(いずれも弱音器を付ける)と見誤ったか。
────────
それに続き、交響曲第2部のスケルツォ主題が基礎をなしている例。
譜例44
【587-590・645-652】| Springbrunnen (Bsp.21):噴泉(譜例21)/ Melisandens Liebeserwachen (Bsp.14):メリザンドの愛の目覚め(譜例14)/ Schicksalsharmonien (Bsp.12):運命の和声(譜例12)
────────
⁑増補注──譜例44に書き込み。〈以下ベルク〉65オルゲルプンクト!!
‡増補注への訳注──65は、2小節目で早くもバスが半音上がり、また元に戻って2小節同じ音が続く。これはオルゲルプンクトと言えるのかどうか。
────────
最後に、交響曲第3部のアダージョ主題(譜例35)⁑からのもので、まず木管に、次に弦楽器によってもたらされ、──主要主題の再現(譜例42と47)と同じように──下降するバスを伴う。その過程で、このアダージョは次の譜例のような展開を見せる。これの4小節後†に入るこの3部構成のエピローグ(ゴロ)の再現が、バスに先取りされて現れている。
────────
⁑増補注「アダージョ主題(譜例35)」──〈以下ベルク〉管楽器の味付けで655から4小節、その後は弦楽器。
†訳注「4小節後」──英訳は本文に「[8]?」という注が入っているが、「4」小節後で問題ないと思われる。譜例の4小節後、すなわち第607小節からバスがゴロの主題(短調)を頭から弾き直し、8小節目の第611小節からは高音弦が引き継ぐ。英語版訳者は、高音弦がゴロの主題を奏し出す第611小節から3.が始まると見たのだろう。しかし、第607小節からすでに低音にゴロの主題がはっきりと現れているし、ここに「4小節後」と書いてあるのだから、3.は第607小節からと見て問題ないと思う。なお、さらにその前、第603小節から低音にゴロの主題が現れているようにも見えるが、それは上記のように「先取り」である。
────────
譜例45
【603-605・663-5】| Verdacht (Bsp.25):疑惑(譜例25)
3. このようにしてやや先延ばしされたエピローグ第1部の繰り返し(譜例43†)は、ゴロの主要主題の最後の繰り返しをもたらし、ここでもまた4小節だが、別の和声付けと主題的な展開と、さらに大きな高揚を伴う。
────────
†訳注「譜例43」──英訳にも指摘されているが、これは「譜例42」の誤りであろう。
⁑増補注──この文に注。〈以下ベルク〉注意。必ずしも合致していない:このエピローグの第3部は第1部にのみ適合するようだが、譜例46は中間部の譜例(43)に適合する。それゆえ、エピローグは二つの部分から成るか、あるいは譜例43はまだ第1部に属するかのどちらかである。
‡増補注への訳注──ベルクが、当初の自分の分析が不適切であったと指摘している珍しい書き込みである。ただ、ベルクはここで「譜例46は中間部の譜例(43)に適合する」と書いているが、上では、中間部は64から始まる」と書いていた。譜例43は「最初の4小節は1.に属し、5小節目64から2.に入る」ということである。譜例46はその64の直前の旋律リズム(4分音符 + 2分音符 + 4分音符)と3小節一致しているので、譜例46はもともと1.の最後の4小節の(変奏・延長を伴う)繰り返しと見てよいのではなかろうか。つまり、最初に書いていた見解で特に問題はないと思われるのである。
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譜例46
【626-631・681-6】| Schicksalsmotiv (Bsp.10):運命の動機(譜例10)/ Holz:木管
このような興味深い和声的語法†で導入された運命の動機が──
「恐ろしいことだが、ゴロのせいではない……」──
木管楽器で2回繰り返された後、ゴロの主題に戻る。
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†訳注「興味深い和声的語法」──運命の和声は「7の和音第1転回形→その短3度上の7の和音」(例えばE7/G♯→G7)であったが、ここでは「短調の三和音第1転回形→その短3度上の増三和音」(例えば、短調の6→第5音上方変位のⅢ、ニ短調ならDm/F→Faug)の和声に運命の動機が乗っている。ただし、譜例内に指摘されているように、この形の運命の動機はここが初出ではなく、すでに譜例10に現れていた。よって、ベルクが「興味深い」と言っているのは、その前の和声進行であろうか。見たところ変ホ短調からニ短調に向かう進行のようだが、訳者には正直どのへんが興味深いのかはよく分からない。
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譜例47
【635-636・691-2】| am Steg:駒の上で(スル・ポンティチェロ)
我々は、このような展開を見てきた。交響曲の冒頭の1小節の動機(譜例4)から、2小節の主題(譜例5)を経て、4小節の主要形式(譜例6と16)をたどることができ、譜例39では5小節の展開部モデルを認識している。エピローグでは、この主要主題は4小節しか再登場せず(譜例42)、さらに──絶えず短くなりつつ──最初の動機の形への退縮を経験する。すなわち、上述の2小節モデル(譜例47)(このコーダに特徴的な下降するバスを伴う)と、最終的に到達する──弱音器付き金管による運命の動機(譜例10)の、重ねての、再三にわたる出現の後の──終結の和音前の1小節の形に、注意してほしい。
譜例48
【643-646・699-12】| Holz u. Blech:木管と金管
厳密に解すれば、この最後のニ音は、このような主題の解決過程の最終的な帰結なのである。結局のところ、3度音程で構成されるにすぎないゴロの動機は、そこからそれさえも放棄し、その最小の構成要素──へと──戻り、従ってすべての音楽の源泉へと戻ってゆくのである。

交響詩《ペレアスとメリザンド》 キャピトル・レコード P8069 ライナーノーツ

シェーンベルク自身の解説を含む
P8069 シェーンベルク ペレアスとメリザンド(交響詩)
アーノルト・シェーンベルク
ペレアスとメリザンド
交響詩
(メーテルランクの戯曲による)
フランクフルト放送交響楽団
指揮
ヴィンフリート・ツィリヒ
1949年の夏、ドイツのいくつかの都市で、アーノルト・シェーンベルクに敬意を表する音楽祭が開催された。その祭典は彼の生誕75周年を記念したもので、参加したオーケストラは、彼のかつての弟子ヴィンフリート・ツィリヒが指揮するフランクフルト放送交響楽団であった。プログラムには、メーテルランクの戯曲による交響詩《ペレアスとメリザンド》(ここではその世界初録音ヴァージョンをお届けする)に加え、《管弦楽のための五つの小品》《ヴァイオリン協奏曲》《管弦楽のための変奏曲作品31》《グレの歌》などが含まれていた。
年代順には、《ペレアスとメリザンド》は、《浄夜》(1899)と、1901年に書き始められた《グレの歌》(ただしオーケストレーションは1911年まで完成されなかった)に続く、シェーンベルクの「第1」期に該当する。モーリス・メーテルランクのこの偉大な戯曲は、ほかの作曲家たち──ドビュッシー、フォーレ、シベリウス──にも同様にインスピレーションを与えた。自作の交響詩について、作曲者はこのように書いている。*
「1902年に交響詩《ペレアスとメリザンド》を作曲した。この曲は、モーリス・メーテルランクの素晴らしい戯曲に完全にインスパイアされている。私はそのすべての細部を忠実に表現しようとしたが、ほんの少しだけ省略したり、場面の順番をわずかに変更したりもした。音楽ではよくあることだが、もしかすると愛の場面にはより多くのスペースが割かれているかもしれない。
三人の主人公は、ヴァーグナー風のライトモチーフの手法で主題によって呈示されるが、あれほど短いものではない。無力なメリザンドは1)で描かれる。
譜例1
これはさまざまな雰囲気に応じて多くの変化を経験する。ゴロは最初にホルンに現れる主題によって描かれる。2)
譜例2
その後、これはしばしば変形される。例えば3)
譜例3
あるいは4)
譜例4
のように。
ペレアスは、彼の動機5)の若々しく騎士的な性格により、明確に対照をなす。
譜例5
譜例5のa/X-Xの二つの和音と、冒頭で最初に現れる譜例6)の短い動機は、運命を表すよう意図されたものである。
譜例6
この動機はたくさんの変化形で現れる。
メリザンドが指輪を玩び、それを泉の底に落としてしまうところは、スケルツォ・セクションで表現される。
ゴロの嫉妬は7)で描写される。
譜例7
メリザンドが自分の髪を窓の外に垂れ下げる場面は、豊かに描かれている。このセクションは、互いに密接に模倣し合うフルートとクラリネットで始まる。その後、ハープが加わり、2挺の独奏ヴァイオリンがメリザンドの動機を奏し、独奏チェロがペレアスの主題を奏する。分奏の高音弦とハープが続いてゆく。
ゴロがペレアスを恐ろしい地下墓地へと導くとき、多くの点で注目に値する楽音が作り出されている。特にここでは、私が発明した、それまで知られていなかった効果が音楽的文脈において初めて使用されている。トロンボーンのグリッサンドである。8)
譜例8
愛の場面は、9)の長いメロディで始まる。
譜例9
新しい動機10)が死の場面で現れる。
譜例10
メリザンドの死の予告としての召使いたちの入場は、フルートとピッコロの対旋律と結び付けられた、トランペットとトロンボーンのコラール風主題11)によって描写される。
譜例11
私自身の指揮による1905年のヴィーンでの初演は、聴衆の間、さらには批評家の間でも大騒動を引き起こした。批評は異常に暴力的で、批評家の一人などは、私を精神病院に入れ、五線紙を私の手が届かない所に置くことを提案した。それからわずか6年後、オスカー・フリートの指揮で大成功を収め、それ以来聴衆の怒りを買うことはなかった」
*Copyright 1949 by Arnold Schoenberg. シェーンベルクのサイン
このキャピトルのロング・プレイング33 1/3回転マイクログルーヴ・レコードは、あなたが特別な注意を払う価値のある現代の高品質な音楽録音盤です。常時熱を避け、この保護包装材に入れて保管してください。キャピトルのロング・プレイング33 1/3回転マイクログルーヴ・レコードは、33 1/3回転の装置でのみ再生可能です。
(以上、Capitol Records P8069
Schoenberg Pelleas and Melisande (Symphonic Poem) 1949)

交響詩《ペレアスとメリザンド》 ラジオ放送のための前説

アーノルト・シェーンベルク
こちらはアーノルト・シェーンベルクです。次にお聴きいただく私の交響詩《ペレアスとメリザンド》について、少々ご説明申し上げようと思います。これは、マイン河畔フランクフルトのヘッセン放送により、私の75歳の誕生日を記念する音楽祭のときに演奏・放送されたものです。このときは、幸いにも私の優秀な弟子であり、非常に才能ある作曲家でもあるヴィンフリート・ツィリヒに指揮してもらうことができました。
モーリス・メーテルランクが作曲家たちを魅了し、その劇詩に音楽を付けるよう彼らに刺激を与えたのは、1900年頃のことでした。誰もが魅了されたのは、人間の永遠の問題をおとぎ話の形で戯曲化し、古いスタイルの模倣に固執することなく時代を超越したものにする彼の芸術でした。
私は当初、《ペレアスとメリザンド》をオペラ化するつもりだったのですが、同じ時期にドビュッシーがこれのオペラに取り組んでいたことを知らなかったにもかかわらず、その計画を断念しました。初志貫徹しなかったことを、私はいまだに後悔しています。それはドビュッシーのものとは違うものになっていたことでしょう。私では、この詩の素晴らしい香りを取り逃がしたかもしれません。それでも、私の登場人物たちにはもっと歌わせることができたかもしれないのです。
一方、交響詩は、登場人物たちを明確に定式化された単位で表現することを教えてくれたという点で、私には有益でした。その技法は、オペラではおそらくあまり促進されなかったことでしょう。
このように、私の運命は、どうやら大いなる先見の明をもって、私を導いてくれたようです。
こちらはアーノルト・シェーンベルクです。それでは、交響詩《ペレアスとメリザンド》をお聴きいただきましょう。指揮はヴィンフリート・ツィリヒです。
(以上、Foreword to a broadcast of the Capitol Records of Pelleas and Melisande
23 February 1950)

解説
【本文について】
参照した本文は、ベルクの分析に関しては『グレの歌ガイド』とだいたい同じである。
  1. 【底本】『アルバン・ベルク シェーンベルク《ペレアスとメリザンド》簡単な主題分析』(ウニヴェルザール社、UE6368)……古書。発行年の記載がないが、1920年以降である。
  2. 【底本】『アルバン・ベルク シェーンベルク《ペレアスとメリザンド》主題分析』(ウニヴェルザール社、UE31412、1999)……『アルバン・ベルク全集第Ⅲ部「音楽論集と創作」第1巻「アーノルト・シェーンベルクの音楽作品分析」』(ルドルフ・シュテファン、レギーナ・ブッシュ編、ウニヴェルザール社、UE18181、1994)からの抜き刷り。『ペレアス』だけの単独の本として出す上で特に調整は行わなかったらしく、元の全集にはあったのにこちらでは落ちてしまった記事やページを参照するよう促してしまっている箇所がある(上の訳注で指摘しておいた)。
  3. 「アーノルト・シェーンベルク協会紀要」第16号(1993)所収の1の復刻
  4. 『アルバン・ベルク──信念、希望、愛 音楽論集』所収の1の復刻(レクラム文庫、1981)
  5. 【英訳】「アーノルト・シェーンベルク協会紀要」第16号(マーク・デヴォート訳、1993)……3と同じ本。対訳形式。1を含むが、2の転載元である全集よりも前に出た本なので、当然2は含まれない。
  6. 【英訳】『Pro Mundo─Pro Domo アルバン・ベルク著作集』(ブライアン・R・シムズ編、オクスフォード大学出版局、2014)……1・2の英訳を含む。
3~6の詳細は『グレの歌ガイド』拙訳の解説を参照。
シェーンベルクのレコード解説とラジオ解説は、シェーンベルク・センターにアップされているものを使った。前者はレコード・ジャケットの画像が、後者は音声とそれを文字に書き起こしたものが手に入る(放送局は不明とのこと)。ヴィンフリート・ツィリヒ指揮による当該レコード(世界初録音)の「音」の方は、2025年2月現在、幸いにもYouTubeにアップされていた。1949年(LPレコード最初期)のモノラル録音ゆえ当然音質は良くないが、興味がある方は検索してお聴きになることをお勧めする(検索キーワード:Schoenberg Pelleas und Melisande Op. 5 Zillig Frankfurt 1949)。
【ベルクによる《ペレアス》主題分析の成立について】
ベルクの《ペレアス》主題分析の成立については、『グレの歌ガイド』のときのように大量の書簡が残っているわけではないので、よく分からない点が多い。ベルクの生前に出版されたのは「短い版」のみで、「長い版」の方は、存在は知られていたのに1994年になるまで日の目を見なかった。そのことも、出版のための打ち合わせや契約の記録、あるいは友人知人への報告や相談といった、成立過程が確認できる資料を存在しにくくした。ここでは、主として上の2と6の解説に基づいて、その成立過程を簡単にたどってみたい。
すでに1913年に『グレの歌大ガイド』を、1918年には『室内交響曲主題分析』を出版していたベルクは、ウニヴェルザール社の取締役エミール・ヘルツカから、1919年12月16日付の次のような依頼の書簡を受け取った。
親愛なるベルク様!
ケルンで1月に、《ペレアスとメリザンド》がオットー・クレンペラーにより演奏されます。彼は私に、分析か概説があるかどうかを問い合わせてきています。私としましては、シェーンベルク作品の天性の解釈者としてのあなたに、そのようなものを、すなわちさしあたりそのケルン公演のためだけのものでも、さもなくば、場合によっては出版目録に収載するための室内交響曲と似たようなものでも、作っていただきたいと思っております。
この案件をお引き受けいただけるか、まただいたいどれくらいの時間内で可能であるかについて、ご親切で迅速なご回答をいただければ幸いに存じます。ただし、これは決して極度に大規模な仕事として扱われるべきではなく、交響的作品のために一般に慣例となっているような、そういう分析の範囲内でのみ行われるべきです。
敬愛の念に満ちたヘルツカより、心からの挨拶を込めて
「ケルンで」ということは、当時クレンペラーが音楽監督だったケルン歌劇場オーケストラのコンサートであろう。後半は、「くれぐれも《グレの歌》のときのようなクソでかいガイドブックは書かないでくださいよ!」とヘルツカが釘を刺しているようで笑ってしまうが、ともあれベルクはこの仕事を引き受け、1920年1月7日には出版社にその原稿を届けていた。ベルクはこの仕事を、3週間ほどで仕上げたことになる。出版社はそれをプログラムに載せるべくケルンに送ったが、事はうまく運ばなかったようで、その後しばらくこのことについては音沙汰なしになった。そのため、ベルクは1920年2月16日、まだこのときはウニヴェルザール社に所属していたアルフレ-ト・カルムス宛に、次の内容のハガキを書かざるを得なくなった。
親愛なるカルムス博士
私のペレアス・ガイドはいったいどうなっているのですかケルンには間に合ったのでしょうか印刷されましたか見本はお持ちでしょうかもしないのであれば、私の原稿はどこにあるのですかそれが──とりわけ譜例が──この分析の最終版の制作のために必要なのです。あいにく私をここに拘束する家庭の問題の処理のため、それに取り組むことが妨げられ、それゆえU.E.に対する義務も滞っております。しかし、ペレアス・ガイドの運命については知りたいと思います。折を見て手紙を書いていただけませんか?
心からの献身的なご挨拶とともに、あなたのアルバン・ベルク
ここでベルクはペレアス・ガイドの「最終版」(endgültigen Fassung)について触れているが、なぜそれが必要になるのか。考えられるのは、すでに提出した原稿は、執筆のための時間が少なく、またプログラム内に掲載するか、あるいは小さなパンフレットとしてコンサート会場で頒布するという利用目的のために簡易版とせざるを得なかったが、その後時間があるときに必要十分な内容を備えたものをあらためて執筆し、それを『グレの歌ガイド』や『室内交響曲主題分析』と同じようにU.E.から出版することになった、といったところであろうか。この手紙を受け取った直後、カルムスは2月18日に返信した。
拝啓ベルク様ペレアス・ガイドの運命については、残念ながら、今までのところ新しいことは何も分かっておりません。私たちが知る限りでは、同稿はプログラムの制作に使われましたが、今のところ献本も原稿も届いていないのです。本日、指揮者のクレンペラーに再び手紙を書きましたので、近いうちに続報をお伝えできることを期待しております。
すてきなご自宅で、あなたが楽しみと実益とを結びつけることができることを願いつつ、心から献身的なあなたのカルムス博士より。敬具
現在ならコピーを取るのも写真を撮るのも容易なので、執筆原稿はバックアップを取ってから提出するのが常識だろうが、この当時は複写するのも一苦労だったので、世の中に1部しか存在しない原稿を写しを取らずに提出し、それが行方不明になったために永遠に失われてしまうということも間々あった。ベルクのペレアス分析もその憂き目を見るのかと思われたが、2か月以上経ってから、幸いカルムスから原稿が返送されてきた。彼の4月30日付の手紙にはこう書かれていた。
親愛なるベルク様!
あなたの《ペレアスとメリザンド》分析の原稿を、今になってようやくケルンから返却してもらいました。同封のコンサートのプログラムには、中に(アーノルト・)シュミッツ博士による短い紹介文が印刷されていますので、どうやらあなたの分析は時間が足りなかったために掲載されなかったようです。さらに若干の修正を加えたいとのことでしたので、ここに原稿を同時に返送いたしますが、私たちが組版作業を始めることができるよう、速やかに同稿をこちらに送り返していただきますようお願い申し上げます。
カルムス博士敬白
この手紙の内容から、『ペレアスとメリザンド主題分析』は、1月のケルンでの演奏会で使うための1回限りのもののみならず、『グレの歌ガイド』や『室内交響曲主題分析』と同じような単独の冊子としても出版・販売されることが、ベルクと出版社との間ですでに合意されていたことが分かる。かくして、ベルクはすぐに「最終版」の作業に取りかかり、短期間でそのより長いヴァージョンを完成させ、5月11日に出版社に原稿を渡すことができた。出版社は5月26日に印刷に回し、6月1日に2030部が納品された(UE6368)。ところが、実際に印刷されたのは短いヴァージョンであった。このあたりの双方のやりとりは資料が残っていないのだが、だいぶ後、1933年3月8日付のシェーンベルク宛の手紙において、ベルクは《ペレアス》についてこう書いていた。
我が最愛の友へ
私はドイツ楽友協会の審査会†が行われたミュンヘンから今しがた戻ったところです。私たちの立場から見ると、結果はまたしてもかなり悲惨なものでした。ヴェーベルンの古いオーケストラ曲(作品6の6曲)を除けば、実際のところ、私はシャフトとかいう人の弦楽四重奏曲の受け入れを支持することしかできないのですが、かなり好感が持てるスコアの全体的な構造から、彼はあなたの直弟子なのだろうと見なしています。合っていますかそれ以外では、お決まりの連中、例えばプフィッツナー、ブラウンフェルス、レズニチェク、フランケンシュタイン、ヴォルフート、レヒターラーやその同類です。
†訳注「ドイツ楽友協会の審査会」──ベルクは2月26日から3月1日までミュンヘンに滞在し、この審査会に出席した。1933年のADMV(ドイツ楽友協会)演奏会は6月にドルトムントで行われ、シャフトの弦楽四重奏曲は演奏されたが、ヴェーベルンの曲はプログラムに見えない。なお、ペーター・シャフト(1901-1945)は、ベルクの見立てどおりシェーンベルクの弟子であった。
そんなわけで、私はかなり憂鬱な気分でミュンヘンから戻ってきました。そこでは、(国会議事堂放火事件や世界を焼く業火を気にかけることもなく)最高潮に達していた謝肉祭も、当然のことながら私を元気づけてはくれませんでした。それだけに今、私はあなたがヴィーンにいた日々のことをいっそう好ましく思い出すのです。あれは私たちにとって本当に祝祭の連続であり、そして──恐れずに言えば──聖なる時間であって、そのため後からでもなお、私はあなたに千の心からの感謝の言葉を言いたいくらいです。
‡訳注──かのドイツ国会議事堂放火事件の発生は2月27日で、ちょうどベルクのこの旅の最中である。「世界を焼く業火」とは世界大戦のこと。また、この年の「謝肉祭」は2月27・28日であった。
そして、たとえ私が《ペレアス》について、シェルヘンが行ったのとは違う解釈を持っているとしても、この音楽の筆舌に尽くしがたい素晴らしさから得られる歓びは、あの「シェーンベルクの時代」の忘れがたい時間の記憶と何らかの方法で結びついているのです。私が「違う解釈を持っている」と言うとき、それは主としてテンポの問題に関することを意味しています。この点に関してシェルヘンは、独断的とは言わないまでも、非常に独特です。ほんの一例を挙げれば、彼はアダージョ(36)を最初からあまりにも速くやるため、続く過程ですぐにアレグロになり、そうなると主声部はおろか副声部ももはやほとんど聞こえず、ただ(確かに心を奪うような躍動感で演奏され、興奮させられる)高揚感が増すばかりでした。それに対し、59番の「Gehenden Bewegung[歩くような動きで]」では紛れもないラルゴとなり、そこではもうコラールはほとんどたどることができなくなるけれど、それはそれで、その箇所ではえも言われぬような音色の美しさが引き立ち、それは私がそのときまでほとんど聴いたことがなかったようなものでした。肝心なところで不発に終わるにもかかわらず──重要な作品では特に──、その作品のあまり重要ではない部分を過度に強調することで大きな効果を上げることが、ともかくも彼の強みであるように私には思われ、それはヴィーンでの恐ろしいほどの成功も示していたことです。思うに、この点で彼はラインハルト監督によく似ており、──奇妙なことに、弱い作品でも思いがけないほどの効果をもたらす才能も持っていて、それは例えばハウアーの、それはもう非常に問題のある音楽で示されていたことです。
‡訳注──シェルヘンは、2月17日にヴィーン交響楽団と《ペレアス》を演奏していた。彼の《ペレアス》は、1958年にケルン放送交響楽団を振ったライヴ録音をYouTubeで聴くことができたが、確かにテンポの緩急が大きいように感じられた。「ラインハルト監督」とはマックス・ラインハルトのこと。
しかし、《ペレアス》の演奏は、それ以外の点でも私にとって極めて重要でした。ちょうどその頃、私は「あなたの音楽について」の連続講義でこの作品を取り上げており、この曲を入念に観察していたにもかかわらず(書いた当時、長すぎるとしてU.E.が印刷しなかった、この曲のはるかに詳細な「ガイド」の原稿がまだあります)、またしてもたくさんの新しい素晴らしいものを発見したのです。ついでながら、今分析しているどの作品でもそういう状況なので、そういう短い講座を行うことが、私にとってはほとんど楽しみと言うべきものになっています。2コマ連続講義四つを3回です。1.嬰ヘ短調四重奏曲まで、ちょうど今やっているものです(作品12、13、14ももちろん含みます)、2.作品11、15、16、17等、22までを含むもの、それに、3.作品23から35まで、となっています。[訳注:強調は訳者による]
4月の終わりから5月初めにはこの講座を終え、その後すぐにケルンテンに移動できることを願っています。しかし、それまでに260以上のスコアを見なければなりません。ヘルツカ・コンクール†で届いたもののためにです。恐ろしい!
†訳注「ヘルツカ・コンクール」──エミール・ヘルツカはこの前年の1932年に亡くなり、その直後、彼を記念する作曲賞が設立されたが、1938年が最後になった。
ヴェーベルンのマリ†が、かなり深刻な病気であることをご存じですか腎臓結石に加え、重度の敗血症も加わっているのです。たいへん危険な日々であり、最悪の事態を切り抜けられることが望まれています。
†訳注「ヴェーベルンのマリ」──ヴェーベルンの長女アマーリエのこと。彼女が少女時代から腎臓に疾患を抱えていたことについては、「ハンス・モルデンハウアー『アントン・ヴェーベルンの死』日本語訳」のページ参照。
しかし、ビットナー†の容態は完全に絶望的で、彼は今日2本目の足が失われます。この命にかかわる手術の結果については、あなたに最新の情報をお伝えするつもりです。
†訳注「ビットナー」──作曲家ユリウス・ビットナー(1874-1939)。糖尿病に冒されていたらしい。
あなたはいかがですか、我が最愛の友よ。インフルエンザ・カタルはそろそろ全快しましたかブルンツィはどうですか折を見て、彼女についても一言お願いします。私はあの子のことをとても恋しく思っているのですあなたの愛する奥様が最良の健康状態であられることもお祈りしております。
‡訳注──インフルエンザ・カタルとは?(原文:Grippe-Katharrh)。インフルエンザに伴う粘膜病症のことかブルンツィ(Blunzi)は、後にノーノと結婚することになるシェーンベルクの娘・ヌリアのこと。このときはまだ満1歳になったばかりである。
最後に、お願いしてもよろしいでしょうか。正確には再度のお願いです。私たち(例えばヴェーベルンと私)に、あなたのブラームスの講義を貸していただけませんかすぐに読んで、すぐに送り返します。もしあなたが見られることをお望みでないのなら、ほかの誰にも見せません。
それではさようなら、最愛の友よ。私たちから最高に心のこもった挨拶をお二人に!
あなたのベルク
今聞いたところでは、ビットナーの手術はぎりぎりのところで中止になったとのことです。もしかすると当分の間避けられるのでは、と期待されています。
晩年のベルクがこの手紙を書いてくれていたおかげで、①改訂版(より長い版)が出版されなかった理由、②その改訂版に後に書き込みをした理由と時期、等がだいたい判明した。上で訳者が太字強調した部分によれば、これらは下記のような具合だったのだろう。
①1920年5月に入稿した改訂版はU.E.に「長すぎる」と拒否されてしまい、ベルクはやむなく最初に書いた簡易版か、それに近いものを出版することに同意して、そちらを再入稿した。再入稿した原稿が、ケルンに送られたものとまったく同じだったかどうかまでは分からない。
②改訂版原稿はその後発表の機会もなく、ずっとベルクが手元に保管していたが、1933年の「シェーンベルクの音楽について」という連続講義のために再びこの作品を詳細に検討する機会が訪れ、ベルクはおそらくその際に改訂版原稿にさらなる書き込みを行った。
1920年6月に出た冊子の表紙には「KURZE THEMATISCHE ANALISE」と印刷されていた。「THEMATISCHE ANALISE[主題分析]」にわざわざ「KURZE[短い、簡潔な]」という形容詞を付けていたことを考えると、ベルクとしては、「長い分析の方も、いつか必ず出版してやる!」というつもりでいたのであろう。しかし、彼は師に上の手紙を書いてから、3年も経たずに亡くなってしまう。そのため、長い分析の方は、彼の没後60年近くもお蔵入りしたまま時を過ごすことになったのである。……それにしても、長いペレアス分析の存在は夙に知られていたのであるから、もう少し早く世に出すことはできなかったのだろうか。長い分析の出版を待ち続け、結局それを目にすることができずに逝去した研究者もいたはずである。本書の場合は《ルル》の補作上演のときのような面倒な問題(未亡人の不許可)はなかったであろうから、遺稿に接することができ、それを発表できる立場にいた人々は、もっと早く事を処理するべきだったと思う。
ちなみに、短い分析は、初版は上記のように2030部が刷られ、翌年春と夏に増刷がかかってさらに4030部が刷られたので、1年ちょっとで6060部が発行されたことになる。かなりよく売れたと言えるだろう。
また、上に両方訳したので比較してもらえれば分かると思うが、《ペレアス》の場合は『グレの歌ガイド』ほど大・小の違いは大きくない。改訂版で追加された情報は、実はたいして多くないのである。譜例が倍以上に増えているので改訂版の方が曲を追いやすくなってはいるものの、とりあえずこの曲の鑑賞ガイドが欲しいだけなら、短い方でもそれほど不足は感じないと思われる。
【ベルクによる《ペレアス》主題分析の内容について】
ベルクの《ペレアス》主題分析は、この交響詩を演奏・鑑賞する上でほぼ必携の書となっている。交響詩であるのに、作曲者はスコアに標題を書き込むこともせず、また何らかのメディアを通じての標題の紹介もほとんどしてくれなかったからである。初演から40年以上も経ってから、やっとレコードのライナーノーツに簡単な解説を書いてくれたけれども(上に訳したもの)、そこでは、各主題・動機のライトモチーフ的な意味についてはかなり詳しく書いていたのに対し、筋書きと音楽との対応関係については「メリザンドが指輪を泉に落とす」「メリザンドが髪を塔から垂れ下げる」「ゴロがペレアスを恐ろしい地下墓地へと導く」「愛の場面」「死の場面」「メリザンドの死の予告としての召使いたちの入場」等を指摘したにとどまった。標題を積極的には紹介したがらなかった理由を説明してくれたこともなかった。原作を知っている聴衆なら聴けば分かると思ったのか、それとも絶対音楽として鑑賞することも十分可能だから聴衆は標題を知らなくてもよいと思ったのか。いずれにしても、《浄夜》のような単純なストーリーではなく、多くの場面転換を含む本格的な戯曲の物語を描いた標題音楽である以上、たとえ「筋書きを非常に大まかにしか描写していない」「まったく説明的ではない」作品であるにしても、「曲のどの部分が原作のどこを描いているのか」についての交響詩全体に及ぶ説明は、簡単なものでもよいからしておくべきだったと思う。そうでなければ、例えば終盤の57前後の暴力的な激しい高揚が、だいぶ前の「アブサロン!」の場面の「回想」であることなど(つまり戯曲とは出来事が前後していることなど)、誰にも分からないのではなかろうか。シェーンベルクは、弟子たちにはこの曲の詳しい標題を伝えていたらしく、またツェムリンスキーからの質問に答えた手紙(1918年2月20日付)や、ここに訳した自らの執筆になるレコード解説と内容が一致していることから、ベルクが『主題分析』で書いている各主題・動機の意味および原作の該当箇所は、作曲者直伝のものと見て差し支えない。
ただし、ここでベルクが披露している「形式」についての分析は、果たして作曲者の意図を汲んでいるのかどうか。彼が可能性があると書いている形式(複合ソナタ形式?)は、研究者間ではあまり受け入れられていないようだし、訳者としてもどうにもピンとこない。であるから、CDのライナーノーツや演奏会プログラムにベルクの形式分析(4部構成複合ソナタ形式説)をそのまま掲載するのは、それを執筆する人が「なるほど、確かにベルクの言うとおりだ」と納得しているのでない限り、避けた方がよい。「作曲者の弟子の、あのアルバン・ベルクが書いているのだから」というだけで、彼の説明を何でも鵜呑みにするのはよくない。
★今回は、Doricoの練習のために始めた作業ゆえ量的には軽めになりましたが、シェーンベルクの《ペレアスとメリザンド》関連の最も基本的な資料の翻訳をお届けしました。シェーンベルクの交響詩《ペレアスとメリザンド》は、率直に言って手放しで絶賛できるような作品ではないと思います。音楽が戯曲のどこを描いているのかが分かりにくい、ゴロが主人公のようになっている、対位法が分厚すぎてかえって単調なトーンに陥っている、ヴァーグナー、マーラー、リヒャルト=シュトラウスらの大編成管弦楽曲に比べて色彩的なオーケストレーションとは言い難い、粘っこい曲想と沸騰するようなフォルテが原作の儚げな雰囲気に合っていない、等々……。一言で言うなら「晦渋な作品」で、《浄夜》や《グレの歌》の分かりやすさ・親しみやすさはだいぶ後退し、同じニ短調・単一楽章でやはり晦渋な内容を持つ弦楽四重奏曲第1番の世界に近くなっています。しかし、それだからこそ、「この音楽は複雑だが、自分は分かるまで諦めるつもりはない」†という意欲がかえってかき立てられやすく、またその意欲を引き出すのに十分なたくさんの美しい瞬間を持ってもいますから、私にとっては、音盤発売やテレビ放送の機会があれば積極的に聴きたい部類の作品となっています。自分の経験から言うと、何度か聴いて慣れてくると45分間があっという間に感じられるようになってきますから、最初はつかみどころがないと思っても諦めず、ベルクの分析を参照しながら繰り返し聴いてみることをお勧めします。……《ペレアス》に比べると、同じように大編成のオーケストラを使う《五つの管弦楽曲》作品16の方が、無調作品であるのにむしろ分かりやすいと思います。これが《管弦楽のための変奏曲》作品31になると、これまた晦渋な音楽になってしまって、分かりやすさは今イチです。
†注「この音楽は複雑だが~」……シェーンベルクのエッセイ「新しい音楽、時代遅れの音楽、スタイルおよびアイディア」1946より。
★で、そのDoricoの使い勝手はどうだったかというと、Finaleと比べて一長一短だと思いました。できることの多さ、自由度の高さは、明らかにFinaleの方に軍配が上がるでしょう。しかし、それほど複雑なことをしないのならば、Doricoの方が楽に操作できるケースが多かったような気がします。まあもうFinaleは消えてゆくことが運命づけられており、今後は嫌でもDoricoやSibeliusなどほかの楽譜ソフトを使わざるを得ない状況になっていきますから、楽譜を作る必要がある人は別のソフトになるべく早く慣れ親しんでおくほかはありません。
●私がFinaleを初めて買ったのは、ヴァージョン3.2のときでした。まだWindows95が出る前でしたから、インストールするPCはMacintoshオンリーでした。すでに当時から「何でもできる楽譜ソフト」と言われていたので、使い始めるまではけっこう期待していたのです。ところが、実際に触ってみたらあまりの使いにくさに辟易してしまい、たぶん練習で1曲作った(いや、作りきれなかったかも)後は起動すらしなかったような気がします。実は私、楽譜ソフトにはNotator(Atariのコンピューターが必要だった)の時代から触っておりまして、最初にFinaleを買った頃にはすでにMacintosh版Notator Logicをかなり使い込んでいて、それでたいていのことは間に合っていましたから、Finaleの入力のしづらさにはとうてい慣れることができませんでした。オーディオ機能を搭載する前のNotator Logicはとにかく安定感と軽さが素晴らしく、当時の非力なMacで大編成のオーケストラ曲を打ち込んでも一度も落ちたりフリーズしたりしなかったと思います(DAWになってからはやや不安定になった印象)。それに比べると、Finaleはとにかくもっさりしていたのもマイナス・ポイントでした。
●その後、職場の関係でWindowsに移行せざるを得なくなりました。LogicはWindows版も一時期出ていましたが、わりとすぐに開発中止になってしまいました。初めのうちは、自宅ではMacPCとWindowsPCを両方買って使い分けていたのですけれど、だんだん面倒になり、Macは次第に使わなくなっていきました。それでも、楽譜がまったく作れなくなるのも寂しいと思い、Windows版のFinaleやSibeliusを買って試したこともありましたが、Logicに慣れすぎていた身ではそれらのソフトはどうしても面倒くさく感じられ、楽譜を作ることもなくなっていきました。ごくたまに、頼まれてクラシックの歌曲の移調楽譜をFinaleで作ったり、自分で弾き語りするためのポップスのピアノ・アレンジ譜(LOOKの《マリア》とか竹内まりやさんの《駅》の徳永英明さんヴァージョンとか牧野由依さんの《ユーフォリア》とか)をSibeliusで作ったりもしましたが、そういうのも数年に一度程度で、これらのソフトに慣れるところまではまったく達することができませんでした。
●『グレの歌ガイド』の譜例はFinale27で作りました。Finaleは2010以来のヴァージョン・アップで、操作方法なんか全部忘れてしまっていましたから、いやもう苦労したの何の……w。あのページを作り終えた後、もうFinaleにはなるべく触らないようにしよう、大変だし、と思っていたら、2024年8月末にFinale開発中止のニュースが飛び込んできました。私は、上記のようにFinaleユーザーの期間は30年くらいあるのですが、その間に作った楽譜は、『グレの歌ガイド』のときの150点ほどの断片的なものを除けば、10点もありません。ですから、Finaleが使えなくなったとしても、それらの数少ないFinaleファイルが開けなくなる程度で、ほとんど痛くはないのです。これまでFinaleで大量の楽譜を作ってきたプロの人たちには同情を禁じ得ませんが、正直、自分にはFinaleの遺産がほとんどなくて助かったと思いました。
●そんなわけで、Finaleは近い将来使えなくなるけれど、自分には楽譜を作る機会がそれほど多く訪れるとは思えなかったし、どうしても必要ならLilyPondやMuseScoreなど優秀なフリーの楽譜作成ソフトがありますから、それらを使えばよかろうと思っていました。Doricoの存在は知っていましたが、常用どころかまったく使わない可能性さえある楽譜ソフトを7万円も出して買う気にはなれません。ところが、Finale開発中止が決まってすぐ、Doricoが乗換キャンペーンを始め、FinaleユーザーならDoricoのフルヴァージョンが2万円ちょっとで買えることになりました(これを書いている2025年2月上旬現在、まだそのキャンペーンは続いています)。「う~ん、自分の使用頻度を予測すると2万円でもまだ高いような気がするけれど、これはまあ乗らない手はないか」と思い、昨年秋からDoricoユーザーとなったわけです。せっかく買ったのだから無駄にならないようにしようとは思ったものの、これだけ多機能なソフトになると操作方法を覚えるのも面倒そうだし、ネット上にしろ書籍にしろ伝統あるFinaleほど情報は多くなく、疑問点を調べるのに苦労しそうだと思われたため、インストールしただけで全然起動しない日々が続きました。しかし、2024年の年末、このままでは2万円が無駄になると反省し、それならまあ例によって面倒な譜例を含むベルクの《ペレアス》分析でもやってみるか、あれも有名なわりには誰も訳してくれないし、と思い立って、実行に移すことにしました。幸い、テキストは短い方も長い方も英訳も20年くらい前に買ってありましたから(ただし英訳は短い方のみ、長い方の英訳は比較的最近購入)、すぐに取りかかることができました。
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